2008年11月6日木曜日

喉が痛くて不調

毎週金曜日に外勤に行くたびに喉を痛める。暖房のせいで空気が乾燥しているうえに、一日中外来でしゃべりっぱなしであるからに相違ない。
喉は僕のウィークポイントで、当直室や外来に加湿器を入れてくれるよう毎冬頼むのだが、今年はついこの間まで暖かかったので油断していた。
さっそくのど飴を2種類買ってきて(はちみつきんかんとVC3000レモン味)、とっかえひっかえ舐めている。
以前、奥武蔵ウルトラマラソン会場で販売していた小野木淳先生の「あぶないランナー」という小冊子の中に、喉の違和感に対して「ニンニクハチミツ」を強烈推薦してあって、自作してみたことがあった。ハチミツ500Cccにニンニク一株の半分くらいをスライスして入れる。2週間もすればハチミツは粘度が低下してサラサラとなり、ニンニクを取り出して出来上がる。
さほどのニンニク臭はなく、毎日でも問題なく使えるが、なにしろ喉のコンディション維持以外に用途がないので大量に余ってしまう。
一冬の間、確かに喉からくる風邪の防止に役立ったが、翌年からはつくるのが面倒なので続けていなかった。
今年はいきなり先制パンチをくらってしまったので、このニンニクハチミツを久しぶりにつくってみるか・・・。

2008年11月4日火曜日

全日本大学駅伝〜駒澤の安定と早稲田1年生の健闘

この駅伝の区間距離は1区から7区が9.5kmから14kmの間、最終区のみ19.7kmである。これくらいの区間距離と区間数が大学生長距離ランナーにはちょうどいいのではないか。こうなると大ブレーキのようなドラマはあまりない反面、各校が比較的安定した力を発揮できる。
つまりほとんどの区間が20kmを越えている箱根駅伝は距離が長すぎるのではないかと思う。距離を意識するから練習量が過大になるし、体調不良の影響がダイレクトに出て大ブレーキがおこるし、10区間ともなると体調不良のエースも出さざるをえないし・・・というわけだ。もちろん箱根駅伝は、正月に、しかも都心から箱根山に行って帰ってくるという、神事に近い行事であるので、大会としては価値あるモノだが、現在と同様、あくまでも関東大会にとどめ、もっと全日本に価値を見いだすべきではないか。これはマスコミの報道姿勢にも大きく左右されることなので、ぜひ一考を求めたい。
で、今回の全日本だが、1年生に有力選手が4人も加入した早稲田に注目していたが、そのうち3人が出場し、皆それなりの走りで10km以上の距離にも対応してきている様子がうかがえた。世界ジュニアに一緒に行った三田君もラストで先頭に立つ「おいしいところ」を持っていって、おめでとう、である。終盤2区間で知名度で劣る駒澤にどれくらい離されるかと心配したが、たった40秒そこそこで粘ったのも立派。箱根駅伝ではもっとこの差を詰めてくるではないだろうか(と、こういう風に本番は箱根だよ、みたいな意識が我々見る側にもあるのが問題かも。そもそも全国大会の後に、関東大会が来るという順番も不自然だなあ)。
世界ジュニアに一緒に行った東洋大学の1年、柏原君もいつもながらの積極的な好走だった。先頭を譲らず、竹澤君にもほとんど詰められず、見事なものだった。東洋大学は坂戸から5km程度のところにグラウンドと合宿所があり、ときどき休日jogなどをしている選手をこの付近でも見かけるから、城西大学の次に「地元」として応援したくなる大学だ。監督の川嶋さんも毛呂山町出身だし市民ランナーのイベントに出てきてくれるし、この前の毛呂山鎌北湖マラソンでもお会いしたばかりだし、親近感がある。
早稲田、東洋とも頑張ったが、最後はやっぱり安定感と地力の差で駒澤が優勝をさらった。出身高校などを見ても比較的地味なのに、つまり区間新を出すような大エースがいないのに、立派なものだと思う。
ところで、この駅伝は外国人留学生は2区間(2人)OKなんだね。高校駅伝は7人中1人で最長区間ダメ、実業団駅伝が8人中1人で指定区間のみ、となっているのに対して、一番寛容なルールではないか?それでも3位以内に留学生採用大学が入ってこなかったのだから、これでいいのかもしれない。あまり留学生を閉め出す方向に行くのも、ワンジルのような人材が日本にいにくくなってしまうので日本人ランナーにとっても損失のような気がする。
箱根駅伝はどうだっけ。10区間あるのだから2人認めてもいいかなと思うが、なにしろ「神事」だからもっと厳しくせねばならないのかもしれない。

2008年11月2日日曜日

関八州見晴台トレイルラン




今朝は5時に起きて、始発の越生線で越生まで行ってトレイル。先週行われていた「武蔵越生ハイキング」のコースを前半(戸神まで)はなぞるように、越生駅(6:15)〜大高取山(6:50)〜麦原入口バス停〜戸神集落〜羽賀山〜野末張展望台(8:00)「写真1」〜飯盛峠〜関八州見晴台(8:35)「写真2」〜花立松ノ峠〜傘杉峠〜顔振峠(9:10)〜諏訪神社〜「写真3」〜一本杉分岐〜獅子ヶ滝〜阿諏訪〜東毛呂駅(10:05)、というコース。
棒ノ嶺ピークハントマラソン、毛呂山鎌北湖マラソン、と登りの強烈な2レースで体が慣れたのか、今日のコース上の登りはほとんど歩かず、走って登れた。我ながらいい調子。本当は富士登山競走の前などはこういうトレーニングをしておかなきゃならないんだね。
戸神から羽賀山への登山口がわからず、だいぶ右往左往してロスタイム。「大人の遠足BOOK」の地図は間違っていたぞ。野性の勘で登山口を探り当てた。このあたりだいぶトレイルに慣れてきた。
今日のハイライトはやはり関八州見晴台。天気もよく、朝の澄み切った空気の向こうに、ホントに東西南北、関東平野を囲む山々が見渡せた。グリーンラインのロードの練習ばかりで一度もここまで上がってこなかったことを後悔した。車で高山不動のところまで来れば、15分程度の徒歩で来られるから、登山はちょっと、という人にもおすすめ。
顔振峠から一本杉までの諏訪神社参道を含む行程が、いちばん「走れるトレイル」。写真で雰囲気がわかるだろうか。快調になだらかな下りを駆け抜けることができた。朝早いので、ほとんどハイカーにも会わずじまい。
4時間近く奥武蔵の山を堪能して、10時半には自宅に帰り着けるのだから、トレイルランに関しては実に恵まれている。

2008年11月1日土曜日

未受診妊婦の飛び込み分娩

大学病院ではもう慣れたが(1〜2ヶ月に1人はいる)、昨日は外勤先の個人病院に約8kmを走って着くや否や、未受診妊婦がおいでになったから驚いた。しかも26週、子宮口は全開大、2経産婦。ただちに市立病院に連絡をして了解を得て、救急車を呼んで、ちょうど金曜日なので居合わせた小児科の先生も(車中分娩に備えて)一緒に、救急車に飛び乗った。
本人は急な事態に動転したかびーびー泣いているし、手ぬぐいタオルを頭に巻いた系の夫もろくに説明もされずに不満そうな顔をしているが、かまっていられない。
本気で車中分娩も覚悟したが、案外「まだ産んではいけない」とわかれば人間は分娩も我慢できるのか、15分の救急車道中は陣痛のたびに顔をしかめてはいたが、なんとか市立病院の分娩室に運び込めた。
たいてい母体搬送を送っていく場合は、「当方の力が不十分で管理しきれずこんな夜中にすみません」とか「もうちょっと早い週数でご相談すればこんな緊急事態にならなかったかもしれずすみません」とか、なにがしかの負い目を感じて目を伏せながら送っていくものだ。家族にも気をつかってぺこぺこしたりすることもある。
が、今回はまさに降って湧いた事態で、こっちの管理の不手際もなにもない。堂々と「いやー間に合ってよかったです」とすっかりリラックスして、引継に出てきた女医さんに引き渡した。もちろん手ぬぐい旦那を待つこともしない。さっさと救急車に引き返して、病院に帰ってきた。
よかったとはいっても、病院に戻ったら外来の待ち人数が30人近くにもなり、大混雑状態。これだけの患者さんに迷惑をかけたのだから、飛び込み妊婦の罪は大きい。結局午前の部は午後2時までかかり、おなかのすいた僕ももちろん不機嫌である。

で、たまたま当直室で夜見ていたNHKでもN大病院の産婦人科医の当直一晩ルポの中にも、おー出てきました、飛び込み分娩。18歳の妊婦が陣痛が来て救急車要請。主人公の産婦人科医が、小児科、麻酔科に了解を得て(だいたい週数も胎児の生死も手術の必要性もわからないのに本当に了解を得る必要があるか?受けるしかないだろ)、このあたり墨東の事故を意識した演出くさかったが、結局運び込まれてきて、翌朝無事に分娩。なんとこの飛び込み18歳は顔出し映像。人権感覚に敏感なNHKがこれには驚いた。非難殺到しちゃうよ。
主人公のN大くんも「赤ちゃんが無事に生まれて一緒に喜び合えるのが産科医の一番の幸せ」みたいなこと言っちゃって、非常識飛び込み分娩が一番困るんです、となぜ言わない。「僕はいつでも搬送を受けたいんですけど、他科の都合でダメなときは悔しい気持ちでいっぱいです」みたいなセリフも、自分だけいい格好かよ、と目をむいてしまった。
でも、テレビというのは都合のいいところだけ編集して放映するから、このN大くんもホントはズバズバいいこと直言していたのかもしれないけどね。
ついでに、連続34時間勤務の後もN大くんは外勤当直ににこにこと出かけていったが、ああいうのをあたかも全員の産婦人科医の日常のようにうつすから、誤解を生んで、ますます若手が産婦人科に来なくなるんじゃないのかな。マスコミに「産婦人科医の過酷な勤務実態」がとりあげられるのも善し悪しだな。
ちなみの僕の勤務は、午後の外来も8時までかかって、それから1〜2時間おきに分娩が3件?4件?(わからなくなった)。さらに破水入院、陣発入院と、起こされまくった。インターバルトレーニングのような睡眠で、十分鍛えられました。でも昨日はあくまで特別ですよ。

2008年10月31日金曜日

iPod touch〜まだ大きさに慣れない

大人が日々スポーツをしようと思ったら、ときどき「物欲」でもってモチベーションを維持するのが手っ取り早い。新着ウェアやシューズを買ったり、ウォッチを新調したり、と、どんどんランニング関係グッズが増えていくわけである。
9月にバージョンアップとともにとびついたiPod touchも僕にとってはランニング用品の一つになっている。
最近はただ音楽を聴きながら走るのではなくて、走りながらなるべく多くの情報を耳から入れようと、Podcastを聞くことが多い。THE NORTH FACEのページから見つけたPlanet green Podcastとか、TBSラジオ「ストリーム」なんかがおすすめ。音楽を聴くのに比べて、つい耳に集中しちゃって交通事故に遭いやすいのでは?とか、自分の走り(フォームとかピッチとか)や路面の状況に注意がいかなくなるのでは?とか、心配な点もないではないが、ついPodcast(またはオーディオブック)を選択してしまう。
手持ちの音楽に飽きたらぜひどうぞ。
それから、例のNike+iPodだ。このシステム、1年以上前の発売以来「Nike」というだけで拒否反応を示してしまっていたのだが、touchにはもともと内蔵されているので、2000円ちょいでシューズに付けるセンサーだけ買えばよい、しかもNikeのシューズでなくても使えるらしい!、ということで試してみた。
これはシューズに付けた加速度センサーが足の動きを感知して走行距離や速度をiPodに転送するシステム。イヤフォンから今の走行スピードを音声で聞くこともできるところがGPSウオッチとは違うすぐれものである。
ちなみに対応Nikeシューズ以外にセンサーを取り付けるには、写真のような専用小袋が他メーカーから発売されている。専用シューズ以外を使うとセンサーの距離表示が多めに出るというウワサだったが、これはその通り。10kmを走るとだいたい10.6kmぐらいと出る。その分速度も速く出る。これが最大の欠点かな(あとはラップがとりにくいこととか、途中で音楽を切り替えにくいこととか、大きくてベストのポケットからはみ出しそうなこととか)。いちど400mトラックで補正をしてみたが、翌日には元に戻ってしまった。
ただ、日々の通勤ランの記録には十分で、数日ごとにまとめてGoogle Document上の練習日誌をつけるときには重宝する。
使っているイヤフォンはApple純正のものでもいいのだが、せっかく音質お気に入りのBOSEのインイヤーフォンにエクササイズ用のネックストラップ&ホルダーが無料で配布されていたので、これを手に入れて装着してみたら、引っ張られて耳から落ちることがなくなった。ので、これを愛用している。これで音質に不満がなくなった。カラーもtouchとブラック同士で相性がいいみたい。
こんなして小物に楽しみを見いだして、つい飽きそうになる通勤ランに少しでも彩りを添える工夫をしているのだ。



2008年10月30日木曜日

六甲トレイルラン






先週の生殖医学会(神戸)の「おたのしみ」の一つが、2日目早朝に計画した六甲のトレイルラン。
六甲山には有名な六甲全山縦走路というのがあって、西の須磨浦公園から東の宝塚までの53kmを一気に走る「全縦」は
店長ORAOのブログなどで紹介されて、遠く埼玉からあこがれているのである。
昨年の大阪世界陸上で大阪滞在中に、東の端の宝塚から大平山往復だけはすでに走行済みだったので、今回は新神戸に宿をとって、鵯越〜菊水山〜鍋蓋山〜再度山〜市ガ原〜新神戸、という約11kmのルートを選んだ。参考にしたのは山と渓谷社の「ヤマケイ関西BOOKS 六甲山」P.92と、この山行記録。
5時過ぎの始発電車で新神戸から湊川公園乗り換えで鵯越駅に向かった。6時のスタート時点ではまだまだ暗い。ヘッドライトを点灯してスタートした。しばらくは大好きな「走れるトレイル」が続くが、菊水山への最後ののぼりは噂通り相当な急登。やっとのぼりきって振り返ると、神戸からポートアイランドまでの街並みが雲の向こうに見えた。ヘッドライトはここではずし、暑いためベストもアームウォーマーも脱ぐ。
学会の朝のセッションに間に合うためには先を急がねばならない。六甲全山縦走路の標示が常に明確なので、ほとんどルート選択に悩むことはなく、ひたすらすすむ。天王吊り橋を駆け抜け、再び鍋蓋山へののぼり。ここは軽く通過して、大竜寺方面の標示を探しながら東へ。アップダウンが適度に織り交ぜられる尾根道で多くの部分が走れ、快適だった。
大竜寺をすぎると舗装道路を市が原へ下りていく。沢を渡っていよいよ全山縦走路と分かれて新神戸へ下る途中で、木々の間からぽっと新神戸とホテルが見えた。新神戸駅というのは町中ではなくて本当に山際にあって、布引の滝方面へのハイキングコースの出発点になっている。8時に帰着したので、計2時間のトレイルだった。案外暑くて、汗だく。2本の計1000MLのミネラルウォーターを全部飲んでしまった。あとは朝食抜きで出発したので、キットカットを5つくらいを補給した。
大阪神戸方面出張の際には全山縦走の残りをつないで、いつかは一気に「全縦」を、というのが今の目標。ま、10年以内ぐらいにできればいいかな。

2008年10月29日水曜日

高橋尚子引退〜2003/11/16が暑くなかったら・・・

「尚子が引退表明」というスポーツ紙の大見出しにびっくりした。シドニー五輪の金メダルまではのぼりつづけ、その後は下がり続けた、という印象が拭えないので、なんとなくかわいそうな選手だったという気がしてしまうが、実際は何しろ金メダルをとって世界記録まで出したわけだから、功成り名遂げた大選手だ。
高橋選手の運命が明から暗に転じたのは、忘れもしない2003年11月16日の東京国際女子マラソンだと思う。
アテネで連覇を期待されていた高橋選手が満を持して臨んだ国内選考レース。前半を小気味よい高速ピッチで快調に2時間19分ペースでとばしたが、11月とは思えない陽気で25℃まで上昇した気温と強風にあおられて、30km前後から完全に失速。エチオピアのアレムに市ヶ谷の坂で抜き去られて2時間27分台でゴールしたレースだ。このとき優勝を逃したことと、タイムが平凡だったことがアテネ五輪の選考で大きくマイナスとなり、五輪代表を逃してしまう。
このときの東京国際女子マラソンは、実は、初の試みとして第25回を記念して男子も同時に走れる市民マラソンとして行われていて、僕も参加した。このときの暑さと風は実に走りにくく、ほとんどの選手が後半大きくペースダウン。疲労しきった後の後半の上り坂は実にきつく、僕もとにかく3時間20分をきって完走Tシャツをもらうことだけを目標に歩をすすめた記憶がある。給水不足などの運営面も問題視され、男子参加のの市民マラソンはこのとき1回の試みに終わってしまっている。
マラソンの大会ごとの条件の違いを補正してタイムを比較する試みをしている池上さんによれば、このときの高橋選手の補正タイムは、のちに条件の良い大阪で勝った坂本選手や名古屋の土佐選手を上回るともいえるものだったという。
このときは高橋が体をしぼりすぎてスタミナがなかった、という小出監督のコメントが大きく扱われ、高橋選手の調整ミスだったかのように言われたが、もしも、気温が20℃前後の例年通りの11月の気候であったら、あるいは快記録が出ていたのではないかと思う。少なくとも前半の快調な走りを見る限りでは。
そうすればアテネにも文句なく選ばれて、その後の人生も変わっていたのではないか・・・と残念に思う。

2008年10月28日火曜日

ついに現る、マラソンに熱中する産婦人科教授

先週の生殖医学会のランチョンセミナーでお聴きした柴原浩章先生(自治医大)のマラソン話には、「自分以外にもマラソンに熱を上げるまた産婦人科医が現れたか!」と感銘を受けた(このリンク先は恩師・堤 治先生のブログ)。ちなみに東大のM枝先生も「熱」度はかなり高いが、こっちは自転車との二刀流なので、ランニングへの思い入れは半分かな。
で、柴原先生とは埼玉と栃木ということで比較的近い本拠地で、しかも生殖内分泌という専門も近いので、研究会や学会のおりにもともとお顔は存じ上げていたから、久しぶりに拝見した姿の急激な痩せっぷりが衝撃的だった。何よりも最近は月間300km以上走っているということで、これはもう「ちょっと健康のためにジョギングを始めました」というレベルではないことがすぐわかる。「おっすげえ」と弁当をいただきながら会場でつぶやいた。もう走行距離は抜かれそうである。
で、先週末に初マラソンを走るんだ、と言うことだったので、さっそくいただいた名刺の通りにメールで結果をお問い合わせしたところ、昨日の午前中に熱い結果報告をいただいた。しばらく学会で病院をお休みしていて久しぶりに出勤した月曜午前のはずだからきっと大学での雑事山積みでお忙しいはずのところ、こんな長々とマラソン報告を書いていて大丈夫?と思ったが、これも熱心さの反映だと微笑ましく(生意気でしたね、「嬉しく」)思った。
果たして、今年の3月から一念発起してマラソンに熱中し始めた48歳の大学教授が月間300km走って臨んだ初マラソンはどうだったかというと(予想した「久米島」ではなくて「ユリカモメマラソンin武庫川」だったらしい)、後半大バテで3時間41分30秒だったとのこと。終盤の大バテは初マラソンのお約束みたいなものですからご心配なく、というところだが、それにしても前半を45分/10Kペースで入っていったのはなかなか。スピードランナーの片鱗を感じさせる。すでに10Kすぎからペースが落ち始めているのは、終盤の「歩き」を予感させるペース配分だが・・・。
次はさっそく11月の大田原マラソンとのこと。初マラソン前にすでに制限4時間のエリートレースにエントリーしているところなど志が高い。しかも初マラソンからわずか1ヶ月で・・・。この1ヶ月はあんまり無理しないで、疲労回復に努めた方がいいですよ、柴原先生。

2008年10月26日日曜日

毛呂山鎌北湖マラソン〜体調不良で自重

昨日の未明3時に、当直先で妊娠27週、切迫早産の緊急入院があった。これは母体搬送をした方がよさそうだぞ、と浦和近隣の2ヶ所の市立病院をあたったけれども、ダメだった。A病院の方は、「ぜひとりたいんですけれども、NICUがいっぱいで・・・」と申し訳なさそうな、その分誠意の伝わる断り方。一方、B病院の方は、こちらが「27週の妊婦で・・・」と言いかけただけで、「母体搬送ですか?Triplet(三つ子)がもうすぐ出そうなので無理ですね」と遮るように突き放された。「母体搬送のお願いです」と交換の人には言ったはずなのに、用件を言わずに電話を回したか?なにか後味の悪い断られ方。夜中のお願いなので偉そうなことは言えないが、断る電話の口調でこっちもホッとしたりへこんだりする。病院の品格にまで想像が及んでしまうものだから、注意、注意。
ところで、今回の東京の脳出血妊婦死亡事件で、盛んに搬送を「拒否」と新聞に書いてあるが、イヤな響きがする言葉。拒否、というのは、「北朝鮮が核の査察を拒否」とか「大学が警察官の立ち入りを拒否」とか(古い例えだなあ)とか「被害者側が調停を拒否」とか「民主党が国会の審議を拒否」とか、対立している二者の間で、決して「申し訳ない」という気持ちの介在無しに、おことわり申し上げるときに使う言葉でしょう。あれは、搬送受け入れを断念、もしくは搬送受け入れ困難、と書くのが正しいのであって、「拒否」ではまるで断られた病院が気の毒で、断った方が悪者みたいだ。
ちなみにあの事件は東京ならではの地域性があって、地方都市であれば、中核の周産期センターで救急のある病院が否応なしに受けざるをえない。これが東京だと、余所に「産科も、NICUも、救急も全部空いているところがあるんじゃないか?」となまじっか期待があるから、断る側も比較的抵抗無く断れてしまう。見合った末のポテンヒットというべきか。ウチしか引き受けてはないんだ、と猛烈にスライディングでとりに言った方が可能性はあったというわけだ。それでも脳出血だから、球をとれなかった可能性は高いと言わざるを得ないが・・・。

話がそれたが、その母体搬送騒ぎのせいで(実はおなかのはりがすぐ落ち着いちゃったので、搬送しないで朝まで様子を見ることにしたんだが)、すっかりおなかがすいて(夜中に働くとはらへるよね)、残っていた夕食を朝4時にかきこんですぐ寝たのがいけなかったみたい。
どうも胃がもたれるなあと思っていて、大学に戻って午前の外来後にもやしラーメンを食してからも、どうも消化が悪い感じが続く。
帰宅のランニングも胃の中が揺れる感じがして調子が悪く、結局、帰ってからぜ〜んぶ吐いて病の床に伏せってしまった。どうも僕は胃が弱点で、年に1〜2回こういうことがある。急性胃炎。今回もひたすらソロン(僕の大好きな胃薬)を2時間おきぐらいに飲んで、ほとぼりがさめるのを待った。
というわけで、(前置きが長すぎたが)今日の毛呂山鎌北湖マラソン10kmはハナからモチベーションが低く、朝ぎりぎりの8時まで寝ている始末。自分が誘ってエントリーさせた陸上部の学生が出るから、しょうがなく会場に行ったという感じ。ウォーミングアップ時もまだ微熱がある感じでとぼとぼと10分ぐらいJOGしただけ。これで無理矢理いつものペースで入ったら、箱根で倒れた順大の小野選手みたいになるかなあ、と想像し、スタートは隊列の後方からゆっくりスタート。
走り出すとまあまあ熱っぽい感じもなく(直前にソロンと一緒に飲んだロキソニンが効いたか?)、急な2kmから5kmののぼり(200m以上のぼる)でまわりの選手がぜいぜいはあはあ言っているのに自分が楽なのがなんだか愉快で、少しずつ追い抜いていき、折り返してからの猛烈な下りも、じわじわ先行のランナーをとらえて、順位を上げることができた。まあ、序盤楽ちんに入ったから、あたりまえか。
でもおかげですっかり気分はよくなった。下りの胃への衝撃が胃炎を治してくれたか?
42分30秒で112人中21位。2年前よりは3分悪いが、しょうがないでしょう。研修医1年目のM枝君や陸上部の学生たちには負けなかった。女子の1位にも負けなかったのはちょっとほっとした。ちなみにM枝君の彼女が1年前と替わっていてびっくりした。
食欲はまだない・・・。ビールも飲みたくない。

2008年10月20日月曜日

名栗湖棒ノ嶺ピークハントマラソン〜林道区間「のみ」快走



トレイルのレースは下りが苦手だからいけないんだと思っていたが、のぼりも得意でなかった。まあ、そんなことは富士登山競走ですでに証明されていたことではあったが。
では、去年の奥武蔵グリーンラインラン&ウォーク(フル)で3時間20分の(我ながら)好記録で優勝!できたのはなぜか?アップダウンの連続なのに。それが今回わかった。あれは舗装道路だったからなのだ。
いくら登りがきついといっても舗装道路なら一定のリズムで登っていける。ところがトレイルののぼりはそうはいかない。足場を求めて一歩一歩が異なった出し方をしなければならないし、傾斜もきついから走ろうとすれば心拍数も上がる。歩くとスピードが出ない。
今回のレースでも後半に林道区間があった。車の轍のある未舗装路(砂利部分が多かった)だったが、この区間に入るやいなや急に元気が出て、遠くに見えていた選手も含めて5人を抜く復調ぶりだった。
ところが再び最後のトレイル登り区間に入ると、いちど林道で軽く抜いた選手に抜き返される始末。
最後は心臓が口から飛び出しそうになるのを必死で飲み下してゴールした。
主催者のT山さんからは「登りばっかりなので難波さん向きですよ」と言われていたのだが、あっさり期待を裏切ってしまった。
しかも来年からはピークハント型ではなく、ぐるっと棒ノ嶺を含む山々を巡ってスタート地点に戻る周回型のコースになるとのこと。
ますます順位が悪くなりそうだ・・・。
(***林道がそんなに得意なら、OSJおんたけウルトラトレイルなら案外いけるかも・・・)