2010年10月16日土曜日

ロンドン到着

2回目の「夏休み」(1週間)にイギリスに行くことにした。というわけで、午前に成田を発って、ANAのフランクフルト経由便でロンドンへ。先ほど市内へ到着してホテルにチェックインしたところ。
こちらは寒い。たぶん気温10℃程度。コートを持ってきていてよかった。なければ寒々しいことになったろう。マフラーも持ってくればよかった。
ランニング用には半袖Tシャツのかわりに長袖をあと2枚くらい、あと手袋もあれば完璧だった。
フランクフルトの空港で写真のごとくしっかり食べたので、水だけ飲んで今日はもう寝る。

2010年10月11日月曜日

リスタートタイムトライアル〜またもや大凡走

3週間前の関東医科大学対抗陸上競技大会にオープン出場したときに1500mで張り切りすぎて慣れぬスピードを出したものだから(結果は4分30秒という10年振りの好タイムだったのだが)、左アキレス腱の痛みにしばらく悩んでいた。アキレス腱の踵骨付着部の炎症で、トラック左回りなのが負担になったようだ(JISSで向井先生が診断してくれたから間違いない)。
アイシングしたり、インテバンクリームを塗り込んだり(昔からあるクスリだ)、走るときはキネシオテープを貼ってみたりしているうちに、1週間前から急に痛みが軽くなってきた。通勤ランのペースを上げても大丈夫になり、金曜日には別所沼公園で1km×5のスピード練習ができたので、近場の東洋大学川越キャンパスで行われたリスタート5000m記録会へ予定通り出場した。
1500mで3週間前にいい走りができたから5000mも何とかなるかと思ったが、何ともならなかった。3分30秒/kmの理想的なペースで進む集団から3000m手前で遅れると、あとはずるずる戦意喪失。18分10秒というのは、ちょっとバテたときにこの10年落ち着くタイムで、ほぼ一緒。前の組で走っていた石川眼科の院長には勝てたのだろうか。
それからやはりカーブで左アキレス腱は痛んだなあ。レース前にロキソニン飲んでおいてよかった。
応援してくれた方々には、「出直してきます」と頭を下げた。アキレス腱が気になって左右のバランスが悪くなっていた。腹筋鍛えないといけないかも。

ところでキネシオテープっていうのは体毛が生えていると接着しにくいんだっけ?せっかく貼ったテープがW-up中に剥がれてしまったぞ。次回は脚の毛を剃って試してみよう。

翌日に出雲駅伝を控えているため、東洋の駅伝チームの学生は見当たらず。柏原選手抜きでどこまでやれるか、層の厚さを見せてくれるか、注目。

2010年10月10日日曜日

ルディプロジェクト・ライドンのレンズを新調

またルディプロジェクトのお気に入りサングラスに新しいレンズを入手した。今度はインパクト調光クリア。通勤ランの帰り(つまり帰宅ラン)のときにもグラスをかけたい、となると、クリアレンズしかないわけだ。
ただこの調光レンズはただのクリアレンズではない。夜はクリアだが、明るくなって紫外線が降り注ぎだすと自動的に着色して黒っぽくなり、紫外線透過率を下げてくれる。朝から夕方まで長時間走る自転車ロードの選手などに重宝されているようだ。もちろん天気がめまぐるしく変わる山のトレイルランなどにもOKのはず。
詳細はこちら。注意点としては、30℃近い暑さの日だと着色が弱くなるということと、霧の山の上などでは紫外線が多くて着色しすぎてしまうこと、だといつもお世話になるカニヤのご主人に教わった。
レンズを新調したついでにラバーバーツを1年使ったレッドからブラックに変えてみた。まるで新品になったみたいな気分。しめて約12,000円。

これをかけてみて鏡を覗き込むと・・・おお、元ロッテの小宮山投手みたいだぞ(写真省略)。

2010年7月27日火曜日

富士登山競走でぼろぼろになったターサー

朝のスタート前の出で立ちはこんな感じだった。足首のバンドがポイント。
そしてアウトソールが完全に剥がれてむき出しになった哀れなターサージャパン。

4日経過したが、まだ階段を上ると筋肉疲労を感じる。
奥武蔵ウルトラマラソンまであと5日。回復するかどうか・・・朝のスタート前の出で立ちはこんな感じだった。足首のバンドがポイント。
そしてアウトソールが完全に剥がれてむき出しになった哀れなターサージャパン。

4日経過したが、まだ階段を上ると筋肉疲労を感じる。
奥武蔵ウルトラマラソンまであと5日。回復するかどうか・・・。




2010年7月24日土曜日

富士登山競走~やっと余裕の完走、ついでに4時間切り

2年前に初出場したときには(山頂コース)、馬返しまでのロード区間も暑くてペースが上がらないわ、不整地になったらまったく走れず歩いてのぼるしかないわ、挙句の果てには七合目以降でたびたびふくらはぎが痙攣して立ち止まるわで、やっとこさ4時間28分という制限時間2分前のゴールだった。
当分出ない、と決めていたのだが、なんと今年から過去3年以内の同大会の実績(五合目通過タイム)がないと山頂コースのエントリーさえできなくなるということになり、それなら少なくとも2-3年おきに出場し続けないと、山頂コースのエントリー権を失ってしまうわけで、急遽出場を決めた。
今回も山登りのトレーニングは十分にできなかったが、先週の1500m、5000mのトラックレースで最近5年間のベストタイムが出ていて走力自体はまずまず好調、裏TTRや医局旅行三ツ峠などのトレイルランはまあまあやっていたことから、2年前のようなことはないだろうと見ていた。ただし仕事の疲労はけっこう溜まっていたが・・・。
半袖ジップアップシャツ+ボックスパンツ+2XUアームスリーブ+ザムストソックス+古い(7年前くらいの)ターサージャパンという装備。 キャップとサングラスと指切りグローブとボトルポーチ(400ml)両足には件の痙攣防止バンドも。
馬返しまでは暑さとの戦いだったが、快調に登ることができ、ペースを落とす選手をどんどん抜いていく。ただし苦手の不整地区間に入ってからはなかなか走り登ることができず、それでも脚に余裕はあるので、少しずつ順位を上げていく。
馬返しは63分、五合目は1時間57分の通過。ゴールは五合目の2倍になる、という先輩ランナーの言葉を思い出し、2年前に比べて好ペースであることを自覚する。
ところがアクシデント発生。古ターサーのアウトソールが爪先側からはがれ始めている。もしミッドソールまで損傷が及んだら登り続けられないかも。幸い足に突き上げ感はなく、不安になりながらもそのまま登る。
五合目以降もほとんどが歩き登りだが、少しずつかわしてピッチよく上がれた。六合目で応援してくれていたというハリ天さんを見つけられなかったのは痛恨。このあたり日が陰っており、一時、急速に冷え込んだ。汗とかけた水でびしょぬれだったパンツとシャツが少しずつ乾き始める。
さすがに八合目あたりからはだいぶ脚に来て、砂地に足をとられるたびにペースダウンしていったが、ふとカシオ・プロトレックの高度計を見るとすでに標高3200mを越えていて、残りもわずか、両手もフル動員して最後の岩場を登り切り、念願の3時間台(57分半)でゴール。前回を30分以上上回ったわけだから、自分としては大満足、感激だった。幸い頂上は晴天。500円でコーラを買ってしばし休憩。
もちろんフルマラソンや5000mのタイムからするとこのタイムは「遅すぎるんじゃないの」という向きもあるだろう。フルマラソンなら勝てる女子選手にもことごとく負けてしまう。いつか奥武蔵ウルトラで競った落合尚美さんは、僕より30分も先着して2位に入賞していて、少々ショックを受けた。喜んでばかりもいられない。ただ富士登山競走は自転車のヒルクライムと一緒で軽量選手が圧倒的に有利。中量級が歩くしかない傾斜でも軽量級の選手は走り登れる。というわけで平坦路ではまた違うだろう。
なお、途中1回だけ右ふくらはぎが攣りかけたが、その後は大丈夫。2年前に痙攣で苦しんだことを考えると、「痙攣防止バンド」、効いているような気がする。
一方、ソールのはがれたターサーは完全にお陀仏。あまりに古いシューズだと接着が弱っているのか過酷なレースには耐えられないようだ。反省。 
9日後には奥武蔵ウルトラマラソンに出走予定。疲労がどこまで抜けるか。

2010年7月20日火曜日

「街場の教育論」内田 樹

大学設置をめぐる規制緩和により、全授業をインターネットで行う初の4年生大学として、2007年4月、福岡にサイバー大学という株式会社立の大学が開学した。ウチダ先生は「この大学はあまり長く保たないだろう」と本書で予言する。
なぜか。それはこの大学が「通販」というビジネスモデルに準じて制度設計されている点にある。課業として支払われた労働価値に対して、商品が「単位」というかたちで交付される。これは教育ではない、「お買い物」だとウチダ先生は喝破する。「買い物」的勉強はまず「カタログ」(大学だとシラバス)を眺めるところから始まる。ところが通販には「カタログにない品物は買えない」という根本的な難点が存在する。これが「学び」と「通販」の決定的違いである。
「学び」は「どうしていいかわからないときにどうすべきかの目鼻をつけようとする」ときに起動する、とウチダ先生は考える。人の本源的な力がいちばんはっきり現れる瞬間である。
実際、学生が大学に求めているのは「カタログに載っていない」知的活動の現場に「巻き込まれる」ことなのだと、本書では学園漫画を例に解析されている。シラバスを読んで、すでにその意味や有用性が知られているような「教育商品」を規定の単位数集めて学士号を手に入れることではないのだ、と。
はたしてサイバー大学は入学者数低迷により、本年5月に二つある学部のうち片方の学生募集を停止すると発表した。ウチダ先生のご明察どおりである。
本書にはユーモアたっぷりに「たとえ話」を押し出すウチダ節満載である。「キーボードを押すと、三日後に友だちから絵葉書が届いたとか、三年後に唐茄子を二個もらったとか、そういうどこを迂回したのかよくわからないようなやりとりが果たされるのが教育というものの本義なのです」など、言い得て妙ながら得も言われぬおかしさ。しかも痛快。
省みて自分の関与している医学教育の現状はどうだろうか。成績査定における「努力と成果の相関」という前提を国家試験を越えて研修医にまで延長することで、(そんな前提が意味をなさない)仕事の場における「労働のモチベーション」形成が阻害されやしないか。あるいは専門教育肥大化に伴い教養教育が縮小されるあまり、他の専門領域とネットワークを組んで新しいものを生み出すためのコミュニケーションの仕方を知らない医師を増産してしまわないか。いずれもウチダ先生が本書で警鐘を鳴らしているところである。
あまり「医学部教育は特別だ」などと肩肘張らぬがよろしかろう。ウチダ先生と神戸女学院大学から学ぶことはたくさんある。

2010年6月26日土曜日

暑いときに走るコツ

梅雨入りの後、気温と湿度が一気に上昇した感があり、ランニングには厳しい季節に突入した。
この時期に効率よく練習をする、あるいはレースを走り切る、ランニングを楽しむには、体温を上げない工夫をどのように行うかが勝負である。
ランニング中の体温は、
1. 速く走るほど上がる
2. 長く走るほど上がる
のであるから、対策は
1. 短時間しか走らない、または短時間走って体温が下がってからまた短時間走るを繰り返す
というのが一つである。「夏はサクッとスピード練習」というのはこれにあたる。
あるいは、
2. ゆっくりしか走らない
というのもアリで、とぼとぼjogだけしている限りにおいてはそんなに体温発生はないので、炎天下でもない限り、そこそこ長い時間走ることはできる。ゆっくりというのはキロ6分より遅いことが必要だろう。ウルトラマラソンなら春から秋の時期に行われても大丈夫なワケだ。練習時間を選べるならば、
3. 涼しい時間・場所しか走らない
というのも現実的だ。早朝・日没後は多少マシ。ただ菅平やボルダーに行ける人は市民ランナーではもはやないだろう。
さてここからは「実験的」な部分も含むのだが、
4. 体を冷やしながら走る
ことができれば、いろんな問題は解決するかもしれない。アイスノン内蔵ベスト、などどこか売り出さないものか。
5. 十分体を冷やしてから走る
じっさいに、オーストラリアなどではレース前のウォーミングアップならぬ「クーリングアップ」用に冷却ベストのようなもので十分体温を下げてから暑い時期のレースに出ることが行われれているという。利用している一流選手も現れているようだ(「ランニングの世界」最新号参照)。

直接冷やすことをしない限り、ウェアによる熱発散の工夫や、帽子やサングラスによる直射日光の防御といっても限界がある。
僕自身の経験では、20年前の大学2年、暑い暑い平和台陸上競技場で行われた国立七大学対抗戦800mの予選・決勝の間(2時間)に冷水シャワーをしっかり浴びて上昇しきった体温を急冷したことで、なんとか決勝で入賞できたことを思い出す。
日陰で休んでいただけの某大学の選手は、回復しきらず決勝を棄権してしまっていた。

本気で、冷却剤内蔵ベスト、開発してくれないものか。

2010年6月25日金曜日

デンマークに勝って決勝トーナメント進出

昨日から大学構内でサッカー日本代表のユニフォームを着ていかにも浮ついている学生がいて、よく見たら陸上部の学生だった。
恥ずかし。
というわけで、今朝はワールドカップ。ジェフの選手がいないので開幕時には全く興味がなかったのが、やっぱり現金なモノで初戦に勝ったことで一気に「おっと、なかなかやるじゃん」というわけで急に気になり始めた。世間一般と全く同じ程度。
今回の日本代表チームが好結果を出せている要因を考えてみた。
1.控え選手を含めたチームワークがうまくいっている。ドイツ大会ではこれがダメだったからねえ・・・。でも俊輔、CMもなくなっちゃってちょっと痛々しい。
2.ビックネームはなくとも欧州経験者(本田、松井、大久保、長谷部)がリードしている。やっぱり彼らは全く物怖じしていないよね。
3.南半球で涼しいので、運動量での勝負ができている。後半がっくり運動量が落ちてやられる、ということがない。
4.ブブセラがうるさいので、ピッチの選手が自分たちで考え、いい具合に集中できている。これ、案外大きいんじゃないか。
今日のデンマーク戦も、スタメンがこれまで2試合と同じ、と聞いたときには、疲労とコンディション低下で今日はダメかもと思ったが杞憂に終わった。さすがにそのあたりのコンディション調整はプロだ。でも決勝トーナメントとなると4戦目。同じスタメンで行けるか?
コンディションをよく見極めて、選手の入れ替えも考えてほしいところ。
今度は予選リーグで同組にいなかった南米のパラグアイが相手。なかなか難しいぞ。同じ南半球でコンディションもよさそうだし。日韓W杯2002のときも、なんとなく決勝トーナメントの相手がトルコということで油断したよね。反省を生かしてほしい。
やはりライバル国、韓国が勝ち残っているうちに負けるわけにはいかない。予選リーグ突破でまずその点ほっとした。

書き忘れた。今回のチームは君が代を全員で肩を組んで(口パクでなく)ちゃんと声張り上げて歌っているのが、いい。好感もてる。

日本代表ユニの「青地に赤のよだれかけ」デザイン、東大陸上部の「白地に水色のよだれかけ」が連想されるなあ。

2010年6月24日木曜日

イナーシャ

4月より病棟医長に任命され、慣れない手術予定作成などに四苦八苦していたほか、学生講義やら学会準備やらですっかりブログを更新する意欲を失ってしまっていた。
すみません。
一昨日、産婦人科の主催で行った「産婦人科に関心をもってくれているであろう6年生有志との食事会」でも「最近全然更新されていませんね」と指摘されてしまい、奮起することにした。
なにか取りかかりにくい作業を始めるのに必要な「初動」エネルギーを「イナーシャ」というらしいが、だいぶ埃がつもって重くなったイナーシャをなんとか動かし始めたところ。今後に再度ご期待。

当面の走る方の予定は、
7/23 富士登山競走
8/1 奥武蔵ウルトラマラソン
8/29 北海道マラソン
4月に上記3レースをエントリーしたときはもちろん意欲十分だったが、最近のように暑くなってくると、やはり「この季節は長距離には向いていない!」と後ろ向きになってしまう。
特にキロ4分台の「持続走ペース」ないしは「レースペース」で10km以上ロードを走るのが難しい。これは夏のフルマラソンの準備をするうえでは致命的。どうしても暑さに耐えつつゆっくりとぼとぼロングjog、と、トラック練習のような1-2kmのスピード練の組み合わせになってしまう。
幸いこの季節は朝が早くから(4時頃から)明るいので、朝の通勤ランを涼しいうちに早めに始動して練習量を確保、というのが今の時期の作戦となるか。
ちなみにここ数日朝3時15分起床のリズムに合わせたので、明日のサッカーW杯も無理なくテレビ観戦できてしまいそうだ。

2010年6月7日月曜日

医局旅行はトレイルのチャンス~三つ峠から富士急ハイランドへ


「累積入局者が2人を越えたら医局旅行を開催する」というルールに基づき、今年も医局旅行開催。今どきなかなか医局旅行を行うところは埼玉医大の中でも産婦人科業界の中でもない中、貴重な存在である。今年は山梨県石和温泉宿泊で翌日富士急ハイランド、というスケジュール。となると、恒例の日曜早朝トレイルは三ツ峠を越えて河口湖畔に降り富士急ハイランドでみんなに合流、という計画を立てた。


石和温泉5時スタート。まずタクシーで御坂みちを御坂峠北側の藤野木まで。そこから御坂峠に登る。
御坂山、清八山までは東~北東方向へ。時折朝日が正面から射してくる。人気のない気持ちのよいトレイルが続いた。


清八山からは南に進路をとり、いよいよ御巣鷹山を経て三ツ峠山へ。ここからの富士山展望は圧巻だった。カメラを構えた写真愛好家たちが砲列を富士山へ向けている中、とった一枚。数分後には富士山は雲に隠されてしまったので、貴重な瞬間だった。



次いで木無山へ。ここで道を間違って三つ峠登山口方向まで標高300mほど降りてしまう痛恨のミス。この登山道は多くのハイカーで賑わっていた。しかし意地でも10時半の富士急ハイランド集合時間に間に合わねばならないため、木無山まで走って登り返した。

木無山から霜山、天上山を経て河口湖へ向かう道はなだらかな下りで(焦っていたこともあり)快調にとばす。いいトレイルなのにハイカーはほとんどいない。

河口湖駅からロードを富士急ハイランドまで走って終了、計33km、4時間40分のトレイルだった。なんとか集合時間にはほとんど遅れずに済んだ。医局の皆さん、毎年医局旅行では単独行動すみません。荷物の運搬ありがとうございました。