2008年11月30日日曜日

宇都宮の朝jog〜trfとブルックナーリズム


宇都宮で土日に学会があった。今朝は朝日を浴びながら宇都宮の町をjog。まず県庁の壮大な建築の横を通り、宇都宮タワー、吊り橋、宇都宮競輪のある八幡山公園へ。少しアップダウンを上り下りした後は、東へ向かい、南北に走る田川に沿って走った。写真はその川沿いの道。
先日購入してiPod touchに入れたばかりの「Keep Runnning」(中級向け)を聞きながら初めて走った。かつて(大学生の頃)trfが案外好きだったので楽しみにしていたが、オリジナルの楽曲をそのまま使っているわけではなく、平板な同じトーンの演奏でメドレーのように曲が連なる構成にがっかりした。一応trfの「EZ DO DANCE」や「BOY MEETS GIRL」などは、オリジナルに近いアレンジでボーカルも入っているからまだましだったが・・・。外勤先の病院の外来で一日中流れているオルゴールによる流行歌有線チャンネルを思い出した。
普段、主にクラシックを聴きながら走っているから曲のテンポやリズムが走りのピッチに合わないことには慣れている。というか曲のリズムには関係なくピッチを刻んでいる(と言った方がいいかもしれない)。
ところがこのダンスミュージックは、わざわざピッチに近い拍数に合わせてあるのだが、それが必ずしも快適ピッチと一致しない。これはかえって走りにくい。無理にピッチを落として合わせることになる。
しかもtrfは2拍子と3拍子の連続「タン、タン、タタタ」というリズムが多いので、足が合わせにくいことこのうえない。意識しすぎるとたたらを踏みそうになる。ちなみにこのリズムはいわゆるブルックナーリズムと一緒で第4交響曲(ロマンティック)などで多用されている。ブルックナーを聴いて走るときは、ハナから走るリズムを合わせようなどとはしない(これはテンポが刻一刻と変わるから)ので、全く気になることはないのだが・・・。
というわけでこのせっかくの「Keep Running」、今後あまり聴くことはなさそうである。

2008年11月24日月曜日

GT-2130〜小指外側部に弱点あり

シューズマスターの役立ちブログに影響を受けて、1年半前からアシックスのGT-2100シリーズを基本トレーニングシューズとして愛用している、
このシリーズは毎年GT-2110→2120→2130と10刻みでバージョンアップされるが、基本的仕様やラストは変わらないので、安心して同サイズをネット注文できる。旧モデルはたいてい安くなっていて8,000円程度のお値頃価格で手に入る。
ちなみにこのシリーズにはNEWYORKと品名(愛称?副題?)が付いているように、アシックスが力を入れているニューヨークシティーマラソンの行われる11月にニューモデルが発売され、アメリカを中心としたワールドワイド展開のモデルである。
基本的にはワイドなラストで、サイズの割に大きめだから、たいていのアシックスのシューズでは25.0を選ぶ僕も24.5がちょうどいい。

さて、今日書こうと思ったのは、2008年モデルのGT-2130は小指の外側の張り出す部分に補強革がないので、穴が空いてしまいやすいぞ!という点だ。半年ちょっとで写真のような感じに大穴があいてしまい、ソールの摩耗よりこの穴がシューズの寿命を決めてしまっている。
ちなみにGT-2120ではこの部分にちょうど補強革が当てられており、決して穴が空くことなどなかった。毎日のように通勤ランに使用するのであるから、耐久性も求めたいのに、これでは・・・。
僕だけ小指が外即に突出しているわけではなく、ある後輩も同じシューズの同じところにでっかい穴が空いていたから、こうなるとシューズのせいだと言っていいだろう。
アシックスは「それならワイドモデルを買え」と言うかもしれないが、そうなると踵回りががばがばになってしまう。他の点が優秀なだけにもったいない。
先頃発売された2009年モデルのGT-2140は・・・・期待してカタログを見たが、この部分に関する限り、残念ながらGT-2130と同デザインであった。


***昨日のレースの疲労があったが、朝7時スタートで入間川サイクリングコースを上福岡へ。35kmを3時間弱で走った。最後は両膝がいたた、になった。写真はサイクリングコース上から見た川越の埼玉医大総合医療センター。研修医2年目に勤めた。

2008年11月23日日曜日

秩父宮記念ロードレース〜へばったがなんとか37分台

この由緒正しい名称のレースは今回がなんと第50回の記念大会。同じ埼玉県内とはいえ、車で1時間半近くかかる秩父の浦山ダム上をスタートゴールとし、秩父さくら湖畔をコースとして行われた。
まずは、駐車場から会場までのシャトルバス。少なすぎる。駐車場に着いてから長蛇の列に並んで、実際にバスに乗れたのが1時間後!
これは運営がまずいとしかいいようがない。出場料を500円あげてでももっとシャトルバスを用意してくれ。
実際、スタート時間を10分繰り下げて実施していたが、それでも最初の小学生の部に間に合わない家族が続出していた。
で、僕は10kmに出場。緩やかなアップダウンが連続する難しいコースで、ウォーミングアップも数百メートルjogする時間しかなく、若干序盤かんばりすぎて後半ピッチが落ちてしまい、2人に抜かれて39歳以下の部で13位だった。タイムは37分56秒。もちろん不満足だが、いい脚と心臓への刺激にはなった。

好天に恵まれて、陽光を反射する鏡のような湖面と、湖畔に屹立する秩父の山々をしっかり鑑賞できた。
次のレースは12月第一週の黒山鎌北駅伝。なんと学生チームのアンカーを走る(監督会議で認可された)。

金で釣られる産科医〜モラルハザードを引き起こさないか?

朝日新聞によれば、「さいたま市は21日、ハイリスクな妊婦の分娩(ぶんべん)や妊婦の救急搬送の治療にあたる同市立病院(緑区)の産科の勤務医に、来年1月から1件10万円の手当を支給する方針を明らかにした。地域の基幹病院として産科の勤務医を確保したい狙いがある。」とのことである。
10万円か。いくら何でも高すぎやしないか。
先週の埼玉県の産婦人科学会のときの情報によれば、さいたま市立病院は今年度いっぱいで退職者が複数出て、ついに6人(と言っていたかな?)の少数常勤医体制になってしまうらしい。大学医局からの補充の見込みは、まだないとのこと。
それでこんな高額の「エサ」を用意したと思われるが・・・。
実際はどう運用されるのであろう。搬送を受けるたびに当直医の頭には否が応でも「10万円」がちらつくだろう。「ハイリスクな分娩」の定義がはっきりしていないと、たいていの分娩にこの10万円をつけてしまいたくなりそうだ。
しかもこの10万円は個人ごとに支給されるか、産婦人科全体に支給されるかによっても、「奪い合い」が起きないか心配になる。「おまえは全然手伝ってないだろう!」とか「帝切の準備は俺がしたのに、執刀医のあんただけが10万円かよ」とか・・・。

2008年11月22日土曜日

赤羽〜皇居〜白金と走って会議に参加

今日の日中は、北里大学白金キャンパスで行われた全国遺伝子医療部門連絡会議というのに埼玉医大の遺伝子診療部門(正式にはまだ発足していないが)を代表して参加。
開始時刻まで余裕があったので、浦和の外勤先から赤羽まで電車で出て、赤羽から走っていくことにした。
朝から気持ちよく晴れて、しかも北西からの追い風を受け、快調に王子、駒込、本郷、お茶の水と過ぎ、皇居に達した。

土曜の皇居のランナーの多いこと。僕が三楽病院に勤めていた4年前よりもさらに多くなっている。マラソンシーズンまっただ中だしね。女性ランナーも半分くらい。たまにいる浅黒く痩せてランニングシャツに短いランパン、一昔前のマラソンシューズ(ターサーなどのニューモデルでは決してない)を履いてぜいぜいいいながらけっこうなスピードでとばすおじさんランナーを見かけたときは、昔はこちらのほうが多数派だったと懐かしさをおぼえた。
SecondWindもいっぱい集まって栄えていたなあ。加納さんやマーラさんのような一線級から市民ランナーまで同じクラブに所属するというのは新しい形態でどうなるかと不安視していたが、軌道に乗っているようだ。
そんな竹橋の風景に刺激されて、つい皇居は反時計回りに遠回り。
そこからは虎ノ門〜高輪〜東京タワー〜麻布十番〜白金高輪のコースで約20km。
白金高輪駅のファイテンショップを冷やかしに立ち寄ったら、飛びかかる様に応対してくれたお姉さんが水(チタン水?)を飲ませてくれた。おいしかったので3杯もおかわりした。相変わらずサービス精神旺盛で、首にぺたぺたファイテンシールを貼ってくれ、膝周囲にはファイテンテープを貼ってファイテンジェルを塗ってくれた。汗だくなのにね。首を回したり足踏みしたりさせられ「軽くなりましたか」と訊かれるので、別に大差ないと思ったが、儀礼上「軽くなったような気がします」と優等生のお答えをしておいた。もっともネックを一つ購入することになったが。
ファイテンは経営が少々傾いてきてそれで高橋尚子選手のスポンサー契約を切ることにした、とのウワサを聞いていたから、もしや閉店してやしまいかと思っていたくらいだったので、まだまだお店レベルでは元気そうで、ちょっとホッとした。

そんなことをしていたら、会議場にはちょうど時間通りの到着。走行中とは別の「asics」と大書した長袖Tシャツに着替えただけだったが、僕以外全員スーツにネクタイで、格好としては相当浮いていた。しかも片隅でひっそりしているわけにもいかず、埼玉医大から監事就任とかで代理で満場を前に挨拶させられた。ま、一人で浮いているのには慣れているけどね。
明日は秩父宮ロードレース10km。ファイテンのお姉さんの努力のおかげで脚は軽い、ような気がする。

2008年11月21日金曜日

ハーフマラソンでの距離間違い〜対策は?

今月9日に行われた「第3回世田谷246ハーフマラソン」で誘導ミスが起こり、選手が本来よりも約1km短い距離を走ってゴールしていたという。このマラソンは今回から陸連公認となり、箱根駅伝出場大学も選手選考を兼ねて多数参加していたというから、責任は大きい。
ミスはゴール近くで起こり、本来なら駒沢競技場の周囲を半周してゴールするところを、係員の誘導ミスで半周しないままゴール、となってしまったらしい。
思い出すのは、約2年前のサンスポ千葉マリンマラソンでの誘導ミスだ。これは僕自身が「被害」を受けて、静かな怒りの手紙を主催者に送ったのも記憶に新しい。
今回との共通点は、
(1)ハーフマラソンという距離であること
(2)「公園内を大きく迂回」とか「競技場周囲を半周」とか、距離あわせのために本来遠回りさせるべきところを近道させてしまったこと
(3)当該のコースが採用されてからまだ2-3回目であること
である。ここに誘導ミスがおきる原因が隠されている(ように思う)。
まず、(1)だが、まだハーフマラソンという距離が「実感を持って」競技役員や誘導役の高校生らに理解されていないのではないか。考えれば、21.0975kmだとは計算できるかもしれないが、例えば、じゃあ20km地点を通過したら、どれくらい走ってゴールに至るかという距離感覚が(よっぽどハーフのレースに何回も出たことのあるランナーを除いては)体感されていない。これが5kmとか10kmとかキリのいい距離だったら、あるいはフルマラソンだったら、案外こういうことは起きにくいんじゃないかと思う。
次に(2)。これが(医療安全的には)ミスの起こりやすい最大の原因だろう。ただ、コースを設定する側としては、周回コースだと距離あわせをする場所はスタート付近かゴール付近しかないし、折り返しなら問題なさそうだが実際は道路上どこでも折り返せるわけでもないし、というジレンマがあって、なかなかこの距離あわせのための迂回を根絶することはできない。
そこへもってきて(3)で、係員がそのコースで選手を走らせた経験が少ないと、咄嗟に、あるいは思いこみで、間違った方へ(コースとしては素直な近道の方へ)誘導してしまうことはありうるだろう。
またまた医療安全的に言えば、こうした事故の10倍以上の頻度で「ヒヤリハット」が起きている可能性があるわけで、レースの主催者はすべからくコース誘導ミスの起こりやすい個所に対する対策を講じておく必要があるだろう。
すなわち、
・距離あわせのための迂回の個所はなるべく少なくする
・その個所には、毎年同じ係員を配置する
・その個所では、実際に係員や学生を選手が通る前にリハーサルで走らせてみるなどして、正しいコースどりを係員が「イメージ」しておく
・係員が正しいコースを了解していても、先頭の白バイが間違えることもあるわけで、それを防止するために、早めから正しい方向へ大げさに旗を振るなどして白バイを誘導する
いかがだろうか。

***これを書きながら記憶の底の方から甦った風景がある。小学校5年のマラソン大会。大学構内を走ってきてゴールは小学校の校庭。僅差の3位で校門をくぐった僕は、1・2番の子が校庭内の間違った方向へ行きかけたのを尻目に、事前の「学習」通りにそれとは逆の正しい方向へ進み、瞬間入れ替わった順位のまま1位でゴールテープを切った。なんだか気まずい優勝だったけど、先生の誘導ミスが原因ではなかったからなあ・・・。今ならコース選択も実力のうち、と言えるけどね。翌年はちゃんとホントに1位になって、ホッとしたもんだ。

2008年11月20日木曜日

「使える」学生


今回僕の診療チームについたBSL5年生はなかなか「使える」。
もはや診療参加型実習をめざす埼玉医大の産婦人科BSLでは、学生実習は「教える」ものではなくて「一緒に診療する」ものに変貌している。僕自身が学生だった頃とは隔世の感がある。
ただ、たった2週間では学生の性格によってはなかなかうち解けなかったり、腰が引けたままだったり、そうなかなかうまくいくものではない。今回は「いそっち」はその点、適度にずうずうしくて厚かましく、でも飲食店バイトで鍛えた?言葉遣いはきっちり先輩後輩関係を意識したものでソツがなく(我々医師に対しても患者に対しても)、出来事が起きていると引っ込むことなく、どんどん顔を突っ込んでいく。なかなか得難いタイプの学生だ。
一昨日も夕方から、子宮外妊娠疑いの外来診察、腹痛急患入院、正常分娩、子宮筋腫による不正出血・重症貧血入院、手術前診察、双胎分娩方式相談、双角子宮の切迫流産妊娠予後説明、分娩誘発予定妊婦ミニメトロ挿入、と立て続けに夜10時まで頑張って見学、じゃなく手伝ってくれた。
昨日も午後5時間手術、入院患者回診、胎児発育遅延妊婦の超音波診察、とやはり夜11時まで研修医以上のスケジュールをこなし、そのまま当直実習に入っていた。さらに今朝には打ち合わせ通り、その妊婦についてのプレゼンテーションを(僕不在の)カンファレンスで行い、母体搬送先から外勤中の僕まで電話報告してきてくれた。
うむ、ここまでくれば「使える」学生だと言ってよかろう。
本人が面白がっているのがわかるから、こちらもどんどんかまいたくなる。好循環である。
ちなみに彼、帰宅部である。これまでどうも部活に入っていない学生たちは、言葉遣いや行動力、上下関係、積極性の面で劣っているという印象があったが、ちょいと先入観を改めた。飲食店バイトにも同様の「人間教育」効果があるということか?

2008年11月19日水曜日

渋井選手の体内センサーについて

で、レース内容の方だが、30kmまでは渋井さんの独走となり、テレビ解説陣も「このまま優勝してほしい」「大会新記録が期待できるペース」と、むしろまったりとしたのんびりムードのコメントに終始していた。
薄曇、気温15℃、湿度90%という好条件にも恵まれたので、いつかの高橋尚子選手のように暑さと強風に遮られたような大失速は起こすまい、と誰もが予想していたと思う。それにもう渋井さんは終盤失速はなんども経験しているわけだからさすがに今回は賢くなっているだろう、と。
ところが渋井さんの1kmごとのラップタイムを聞いているとどうもおかしい。3分30秒以上かかり始める。これでは5kmが17分半以上かかってしまうのでは?案の定、50秒以上離れていた加納さんがじわじわと詰め始めた。まだ坂にかかる前なのにこんなにラップが落ち始めていたら、もう35km以降は18分かかるでしょ、これはまた大失速だ、とこの時点ですぐ読めた。
そこで来るのは加納さんかと思いきや、なんと上がってきたのはマーラさんに追いつかれて後は落ちる一方と残念に思っていた尾﨑さんだった。普通は10kmまでを16分半でとばしてどんどん抜かれたら復活は不可能なもの。マーラさんの背中を借りているうちに、持ち直したようだった。加納さんにぐいぐい迫っているという状況下では、いくら渋井さんまでまだ30秒以上あったとはいえ、勢いは前4人の中ではダントツ。あれよあれよという間に先頭にまで躍り出た。終盤のきついところでも腰高のスムーズな走法はむしろ加速した印象。大逆転でゴールテープをきった。渋井さんは残念ながら「勝手に」失速したので、ともかくとして、その場合は普通は2番につけていた加納さんが勝つ者なのだが、さらにその後ろから勝者が出るというのは珍しい展開だった。それもマーラさんが来るならわかるが、いちど加納さんに振り切られた選手が来るというのは・・・。
ただ尾﨑さんは中盤でマーラさんが追いついてきて引っ張ってくれなかったら、こんなに持ち直したかどうかあやしいと思う。マーラさんにお礼の品ぐらい贈らなければいけないのでは?お姉さん、SWAC経由でね。
尾﨑さんとは2度お話ししたことがあるが、とにかくひたむきな「いい子」。頭もいいし、ユーモアも解してくれる。雰囲気はまだ20代前半という感じだけど、もう27歳なんだね。ロンドン五輪を目指すと言っていたので、ちょっと誤解していました。でも着実にゆっくりとステップを登ってきているので、本当に長く競技生活を続けることが期待できると思う。山下監督もそういう長い目で育てようとしているのがよくわかった。直接知っている選手が優勝するというのは嬉しいものだ。
渋井さんについてはなにをかいわんやである。快調にとばしている25kmとか30kmぐらいで、これくらいの体の余力があれば、どのペースでいけばゴールまで持つか、というセンサーがちょっと甘めに設定されているのだろう。
だから本人は決してやけっぱちでとばしているわけではなく、ゴールまでもつと思っているのに、体の余力の方が実際はたりていない。kのセンサーはスピードランナーほど甘い傾向があって、高橋尚子さんもシドニーやベルリンで最後の2.195kmは相当きつくなっているし、野口さんもアテネでは終盤迫られて危なかった。でも、少々ペースダウンしようともゴールまではなんとか行けていたのだが、渋井さんの場合はセンサーの狂い方が激しすぎる。今後の練習は、走り込みよりもスピード練習よりも、このペース感覚というかセンサーというか、こちらの修正に力点を置いたらどうか。そう忠告したい。

2008年11月17日月曜日

東京国際女子マラソン〜救護車の窓から

今回最後となった東京国際女子マラソン。医師になった直後からもう10年以上毎年、医務員として手伝いに来ていた。
最初の数年は、レース中は救護所のテレビでレース展開を観戦して、ゴールになったら競技場に飛び出して声援を送り、続々とゴールしてくる選手の中に救護が必要な者がいれば手当をする役だった。浅利選手と市橋選手のゴール前デッドヒートは、目の前で固唾をのんで見守った記憶がある。
そのうち毎年収容車に乗るようになり、最後尾から選手を拾っていく仕事になった。関門を時間オーバーした選手を迅速に小型バスに回収せねばならず、ぐずぐずしていると交通規制解除車(パトカー)に追い抜かれてしまい、一般の車列に取り囲まれてしまう。だからとにかく明らかに関門通過困難な選手は、残り時間とペースを見ながら、バスに乗るよう強制せねばならない。
医師の仕事と言うより、陸連役員の仕事であった。市民ランナーの中には、なるべく30kmまでは行きたい、などの思いが強く、棄権勧告に耳を貸さず走り続けようとする選手が多くいたことを思い出す。これが東京国際マラソンの男子選手ならば比較的あっさり収容車に乗ってくれるのだが。いかに、交通規制解除車に追い抜かれず、スムーズに選手を回収するか、に関してはプロ並みのノウハウを蓄積したところで、最近は救護車に乗せてもらえるようになった。
救護車はレースの車列の間を自由に縫うように進み、コース上で医学的救護が必要な選手の手当をする。だから車はワゴン車程度と小さいし、大人数を収容することはできない。先頭集団にいた有名選手が突然ペースダウンして棄権したりするときに救護車から医師が駆け下りてきて車に収容するシーンはときどきテレビにもうつる。
どのあたりの位置で車を進めるかは私の意見を聞いてもらえるので、昨年などは(自分のマラソン目標ペースである)キロ4分の集団をずっと追いかけることにした。これがとても興味深く参考になる。このレベルになると半分くらいは顔を名前がもともと一致する選手たちばかりで、窓から顔を出して誰が調子がよさそうか、誰がきつそうか、展開を見守るのが面白い。去年は終盤は高橋尚子選手ががくっとペースダウンしたとテレビで知ると、棄権するサインがないかどうか車を速めて真後ろについた。ペースは落ちても足取りはしっかりして棄権する気配は全くなかったので、また車をゆっくりにして2時間50分をきりそうな集団、ついでサブスリーぎりぎりの選手たち、と抜かせながら様子を見たりする。

さて今年は、薄曇りまたは霧雨で風も弱く、コンディションとしては上々だったと思う。市民の部の後半が8分遅れでスタートするという初の試みだったが、その分前半でスタートできた選手にとっては制限時間の余裕ができて、少なくとも中盤までには極端な体調不良の選手はいなかった。3人を救護、回収したのみだったが、皆、さほどのダメージではなく自分の意志でレースを中断していた。
最後の大会ということで車の窓から全コースに渡って顔を出してレースを凝視していたが、毎年の様に何人かのランニング仲間が、応援のために沿道に出ていて私にも気づいて手を振ってくれた。
1年に1回、このレースで車の中からしか挨拶しない仲間もいるので、これで終了というのも寂しい限りである。

2008年11月15日土曜日

レースの前日にコンパ?

陸上部の学生が12月の土曜日に卒業生の追い出しコンパを兼ねた忘年会をやるとのことで僕の都合を問い合わせてきた。空いている、と一応返事はしたが、釈然としない。
翌日は部員の多くが出場するクロスカントリーレースがある。ちなみに僕自身も別のハーフマラソンにエントリーしている。
普通なら、そんな試合の前日にコンパをわざわざ組むか?
優先順位を誤っているとしかいいようがない。


とキャンプテンに書き送ったら、さすがに対応が早く、日程変更するらしい。
たかが飲み会の日程に対してちょっと強権発動に過ぎたかとも思うが、「陸上部の試合なんてその程度のもの」とあやまったメッセージを部員に伝えることにならず、よかったと思う。
悪しき伝統となるところだった。

明日は最後となる東京国際女子マラソンの医務員をしに国立競技場に行く。今年も救護車に乗ってコース上に出させてもらえるかな?