2010年3月31日水曜日

「地下水道」ここか!




ワルシャワの朝練は、やはりショパンを小さい音で鳴らしながらヴィスワ川を目指した。ちなみにlaだからヴィスラかと思ったらそうではなくてヴィスワ川と発音するらしい。前回のビドゴシチ遠征前に予習として見たアンジェイ・ワイダ「地下水道」の一シーン、旧市街から地下水道を通ってヴィスワ川に達した蜂起市民が、助けに来てくれないソ連軍のいる向こう岸を鉄柵越しに遠く見やる、というその同じ風景を見たかった。
ヴィスワ川沿いを南から北に走る途中で日の出。映画で見たのと同じ遠さで向こう岸が見える。満足。なんでも無事に逃れた市民は、40km北方まで地下水道で逃げて助かったらしい。もはやすっかり復興されて戦争の爪痕が全く残っていない旧市街に上がり、ホテルへ戻る。13.5K。
夕方にはアムステルダム経由でいよいよ帰国。

2010年3月30日火曜日

ワルシャワへ


レースの翌日。まず朝練はビドゴシチ南部を東西に走る運河沿いを走った。北岸を西進し適当なところで運河を渡って南岸を戻ってこようと思ったところが、なかなか運河を渡る橋がない。どんどん市内から遠ざかり5km以上も走ってものさびしい工事現場みたいなところに到達したところで、やっと人工堰があって南岸に渡ることができた。日本にもある不法投棄にでも手を染めていそうな工場があって、日本と同じく不審者対策で犬にけたたましく吠えられた。柵をとびこえてかみつかれるかと思った。こんなところで犬にやられてはかなワン、というわけでさっさと逃げた。
ちなみにポーランドでの朝練の際にNike+iPodを作動させながらiPhoneから聴いていた音楽は毎日ショパン。どうせならポーランドに浸らなきゃ。この日はマズルカ全集をBGMに走った。
9時出発でワルシャワまでバス移動。バスの中では持参したDVD「ふたりのベロニカ」を見た。これもポーランドもの予習の一環。ポーランドの鬼才キェシロフスキが監督したファンタジックな物語だが、ポーランドを舞台にしているのは半分だけだし(残りはフランス)、特にポーランド色ぷんぷんの映画ではなかった。映画の中で鳴り響く声楽とオーケストラのための宗教曲風の切なくも激しい透き通ったテーマ音楽が印象深かったが、これは実在した曲ではなく、Zbigniew Preisnerがつくりあげた「オランダの架空の作曲家ブッデンメイヤー」の曲とのことだ。現時点ではiTunes storeで見つけることはできなかった。


ワルシャワ到着は午後4時半。ただちにホテルを出て、高速徒歩で旧市街、新市街を歩き回った。衛兵の交代式にちょうど出くわした。旧市街は完全に戦災から元の街並みが再現され、むしろけばけばしささえ感じるカラフルな街並みになっている。
夕食後にもコニャックで真っ赤になった顔でチョコレートの老舗「Wedel」に両角先生と繰り出した。後ろは巨大建築・大文化宮殿。

2010年3月29日月曜日

アフリカ勢抜きの世界クロカンが見たい


昨日はまず朝練でブルダ川から市内へ引かれている運河沿いを走った。川の両側とも遊歩道として整備されていて、とても気持ちがよく走りやすい。地元のジョガーとも数人すれ違った。ただし行き過ぎてホテルへの帰り道が見当つかなくなってしまった。カシオ・プロトレックのコンパス機能を頼りに北方向を目指し高架の線路沿いに行くと、見覚えのある橋に突然たどりついた。冷や汗かいた。約12km、65分。


さて世界クロカンの方は、朝から雨も上がっていて、昼には時折日差しの見える天気となった。コースは泥濘状態のところもあるが、心配した「湿地帯」みたいな感じにはならなかった。
クロカンでのケニア勢の強さは圧倒的であった。特にジュニアはほぼ全メダルを制圧。
日本勢はジュニアでは欧米選手より分が良くアフリカ選手の次に来る。村澤君も伊沢さんも健闘した。
ところがシニアではアフリカ選手にはもちろん、欧米選手にも差をつけられてしまう。大学や実業団でのロード偏重の練習、競技のあり方を考えさせられる。
ホテルへ戻ると、フランス選手にエレベーター内で何か秘密をささやかれるような口調で"Kenyan junior is not junior."と教えられた。欧米勢の間ではこれが裏の標語となっているようだ。

2010年3月28日日曜日

世界クロカンの当日

今日がレースの日。昨日から冷たい雨が断続的に降っているのでコースも泥濘状態が予想される。選手もスタッフもたいへん。ただ、外国勢(特にアフリカ勢)がこの天候でヤル気をなくしてくれると面白くなるかもしれない。
現時点では路面は濡れていない。なんとか空が持ちこたえてくれるといいが。
なお、今日から夏時間になる。1時間時計を進めねばならない。日の出が朝5時過ぎだったのが、6時すぎになる。なにもレース当日にかわらなくてもいいと思うが。スタートを1時間間違えて遅れる選手が出ないか、心配。

2010年3月27日土曜日

ブルダ川を上流へトレイルラン



2日目の朝練は、ホテル近くのブルダ川北岸を上流へ遡っていくことにした。ちなみにこの川はビドゴシチ市内でポーランドを貫く大河ヴィスラ川に合流している。
間もなくシングルトラックになり、川岸ぎりぎりの一歩踏み外すと川へ落ちそうなところも多く通過する。いよいよ終点か、と何度も思うが、階段の向こうに続いていたり、崩れそうな橋で小川の向こうへ渡れたり、家の軒先をかすめたりしながらずっと続いている。決して舗装はされず、かといって道がなくなるわけでもない。川幅はどんどん狭くなる。ぬかるんでいるところでは足を数回とられそうになった。日本では経験したことのないトレイル。町の一角に平地でこれだけスリルのあるトレイルランができると、面白いなあ。30分、5kmちょっと走ったところで村に出たので、折り返して帰って来た。後半は冷雨が本格的に降り出した。

午後は会場の公園内にあるホテルでテクニカルミーティング。いよいよレースは明日。

2010年3月26日金曜日

ビドゴシチのクロカンコース

ビドゴシチに到着している。ワルシャワからのバス4時間はやはり長かった。ヴィスラ川沿いに点在する町を通過しながらのルート。
ところでここの地名、原語ではBydgoszczと後半は子音が連続していて読みにくいが、たぶん「ビドゥゴスチ」と表記するのがもっとも近いと思われる。
でも「ビドゴシチ」でGoogle検索すると5番目くらいにこのブログ(2年前世界ジュニア)がヒットすることを教えてもらったので、ありがたくそのままビドゴシチ、でいく。
さて、ホテルの部屋から無線LANに接続できるのだが、サーバのパワーがたいへんに弱く、昼間はYahoo!のトップページにさえなかなか繋がらない状態で苦労している。

朝練習ではブルダ川の河畔の道を走ってみた。2年前に地図を必死に見ながら形成した(そして二度と使わないと思っていた)「土地勘」があって、面白い。ここが一番ビドゴシチの有名な橋を遠くにおさめた風景。

午後は今回のクロカンコースに行ってみた。だだっぴろい公園の中の細長い一角に1周2kmのコースが設けられている。向こうに見える池と手前の丘に挟まれたごく狭い部分に、あえてS状カーブを連続させている。トレランに慣れた僕からすると、手前の標高100mほどの丘を登らせたり、池を含んで大きく公園を外周りさせた方が、広々と変化にとんで楽しいコースがつくれると思うのだが。

2010年3月24日水曜日

ロンドンへの機中で映画を見まくった

海外遠征の機内では、普段忙しくてなかなか見られない映画をまとめて見るのを楽しみにしている。今回のロンドン行きの機内で見たのは、順に「ゼロの焦点」「マイレージ、マイライフ」「風が強く吹いている」「ライフ・イズ・ビューティフル」の4つ。
「ゼロの焦点」はつい先月まで若葉でも上映しており、波しぶきの上がる北陸の断崖絶壁ロケの成果をぜひ見に行きたかったので、まず最初に。昭和20〜30年代の状況が「セット臭く」なく、つまり違和感なく描かれていて自然に入り込めた。やはりこの作品の舞台は北陸、金沢でないとね。
「マイレージ、マイライフ」は評判が高かったのは知っていたが、単にエキセントリックな中年サラリーマンの物語かと思っていたら、ちゃんと脇役の女性達が絡み出して展開がどんどんヒューマンなものになっていった。結婚式当日にして結婚をためらっている妹の婚約者に対して、主人公が自分は独身のくせに説得をしたシーンになぜか感動した。「副操縦士」というセリフ、空を飛んでばかりの男ならではだが、急に思いついたにしては見事。
「風が強く吹いている」はもちろん原作の出来がすばらしいので、映画は苦しいのではと思っていたし実際評判もかならずしもよくなかったが、やっぱりその通りだった。もともとが少々荒唐無稽なストーリーなので、やはり実写はきびしい。5000m記録会で、あんなに800か1500m走みたいに同じようなタイムで集団でゴールになだれこんでくるところとか、微妙に大学名を実在と替えてみているところとか(でも「城西大」は出てこなかったか?)、ユニフォームが実在大学とうり二つのところか、カケルの走りが到底20kmを越えるロードレースには見えない(ひいき目にみても5000mみたい)こととか、ハイジのラストがあんなに大ブレーキなのに10位を確保したところとか、やはり「玄人」が見てしまうとウソっぽいとこだらけ。がんがん早送りしながら見た。ただ、カケル役の俳優のランニングフォームとスピードが素晴らしいことと、マネージャー役のお嬢さんがかわいいいことにだけは感心。
最後の「ライフ・イズ・ビューティフル」が儲けものだった。1999年のイタリア映画だが、正直期待しないで見始めたし、シラノ・ド・ベルジュラックかドンキホーテかのパロディーかと思わせる前半のコメディー仕立てのところでは、もう見るのをやめようかとも思ったのだが・・・・後半、一気にシリアス度を増していく展開には完全に引き込まれてしまった。そうか、こんなストーリーだったんだ!ラスト近くの銃声にも、その後現れた戦車にも茫然。先日見た「カティンの森」に通じるテーマなのに、描き方は正反対。でも人の心を揺さぶる度合いはこちらの方が強いかも。そういえば日垣 隆さん推薦の「泣ける映画」のリストに入っていたことを見終わって思い出した。さすが。題名がいけないのかもしれない。
なお、前半後半をまたいで主要な役割を果たす劇中歌、オッフェンバック「ホフマン物語」から「舟歌」。さっそくiTunes storeで購入。頭の中で繰り返し鳴っている。

2010年3月23日火曜日

世界クロカン〜成田へ集合

今日は激しく忙しかった。外勤病院での当直中、まず夜中の0時になるやいなやランネットに接続して富士登山競走申し込み。せっかくその名前を冠したGEL FUJI新品が2足もあるのに出ないわけにもいかないだろう。というより、山頂コースの出場規定が変わったので、3年に1回は出場しておかねば、次回山頂コースへのエントリーができなくなってしまう。毎年は出なくてもいいけど、3〜4年に1回くらいは出ておきたい大会だな。前回不本意な4時間28分のぎりぎり完走だったし。
で、夜中にお産はなかったけれど、寝入りばなを陣発入院で起こされた。今、開業の先生のところで陣発入院でいちいち起こされるところはどれくらいあるだろう。大学病院では当たり前だけど、分娩数が増えてくるとこれも少々しんどくなってきた。
朝は5時起き。6時には出発して大学へ。7時半からミーティング2つ。9時から手術。癒着が予想よりも強く、新導入のSILS(単孔式ラパロ)で苦労した。それから病棟に戻る間もなく外来から呼び出され5人ほど診察。
なにしろ今年度の大学での仕事は今日で終わりなので、3月分レセプトチェックを渡されたらやってしまわなければならない。その合間に退院診察、母体搬送依頼電話受けて手配。走りながら病院を出て、自宅に寄って着替えて遠征荷物を持って電車へ飛び乗り。JISSへは遅刻、ごめんなさい。2人診察後、体操の選手達に長期無月経が多いことを嘆きつつタクシーを呼んで赤羽へ、行こうと思うが、全然来ない。NTCの正面玄関に間違えて行っていたらしい。おかげで日暮里乗換がぎりぎり。3分でスカイライナーに滑り込みセーフ。空港第2ビルからまたタクシーでホテル日航成田へ。
スタッフミーティングには遅刻。両角先生には久しぶりの再会。他にも顔見知りのスタッフ、選手が多くほっとする。夕食が久し振りの食事で、あまりにスピードに給仕が付いてこられない。隣の分まで箸を伸ばしそうになり、ぐっとこらえる。
アシックスのスタッフに公式シューズにGEL FUJIを選んだ英断についてとうとうと語る。外国選手が欲しがるよ、ターサーみたいに、と予言する。一方ジュニアの提供はナイキだが、ジャージを前から見ると日の丸もなく赤に大きなナイキのマークだけで、黄色い星でもつければ支那みたいだ。どうして日の丸がないの、とナイキの担当者を詰問してみる。
トレーナーさんたちと打合せ後に部屋へ。日本でネットがつながっているうちにやらなければならないことが山積。論文も形式不備で返ってきている。えーい、どうせ明日はロンドンまでの飛行機で寝る時間はいっぱいあるから、徹夜でやってしまえ。

2010年3月21日日曜日

長瀞アルプストレイルレース〜快調な今季初戦

明け方の雨も坂戸を出発する頃には止み、東上線〜寄居線〜秩父鉄道を乗り継いで長瀞まで行ってきた。もう行きの電車の中から完全な晴天。さほど強い風も吹いておらず、暑くも寒くもなく、絶好のトレイル初戦となった。
アルプストレイル14kmの部は100人のエントリーのうち出走は約70名のみ。強風の影響、電車運休の影響か。
結果は、1時間17分05秒で7位。総合でこんないい順位は初めてかな。部門別では3位と6位があるけど。タイムも予想よりずっと早かった。だいたいこれまでのトレイルレースではキロ8分くらいかかることが多かったけど、今回は6分台。これくらいのショートな距離が自分には向いているのかな。30kmを越えるような耐久戦はどうも・・・。
新品GELFUJIの調子はすこぶるよし。軽快に弾むように走れた。下りの衝撃も問題なし。これまで使用していたトレイルシューズ(ゲルトラブーコやトレイルセンサー)とは全然重さが違う。レースではこれからもGELFUJIだ。すっかりトレイルへの関心が復活したぞ。タカタッタNo.5も発売されたらしいからすぐ買わなきゃね。

帰りにどうしても病院に寄りたかったので、乗り継ぎの時間を考えると閉会式の始まった直後に長瀞駅を出なければならなかった。7位は表彰があったのか? で、寄居から八高線で毛呂へ向かおうと思ったのだが、なんと寄居で逆方向の電車に乗ってしまった。だって反対ホームの電車は秩父方面へ戻っちゃうような気がしたんだもん・・・。途中、なんだか聞き慣れない駅名だなあと思っていたが、児玉を過ぎて、次の駅表示が「群馬藤岡」になっているのを見て、ついに誤りに気づいた。丹荘というなんにもない駅の待合室で上り列車が来るまでの1時間!を過ごした。あーもったいない。こんなことなら閉会式に出ればよかった・・・。
おかげで件の褥婦さんの退院に間に合わなかったし、お話ししておきたかった妊婦のご家族も帰ってしまった後だったし、散々。それにしても八高線、あんなに混んで居るんだから、もう少し電車の頻度を増やしてよ。今の時勢で1時間待ちはきつかった。

さて、荒川市民マラソンが強風で埼京線が止まって、レース自体が中止になったらしい・・・。集まった人だけでもやればよかったのに、とも思うが、そもそも競技役員も会場にたどり着かなくて無理だったか。自転車でも地下鉄南北線でもときわ台からバスでも他に手段がないわけではなかろうが。せめてスタートを1時間遅らせるとか。どうせ交通規制は関係ないんだから。
数年前、青梅マラソンが雪で中止になったことがあったが、あのときのどうしようもない大雪という状況に比べれば、スタート時刻の天候は一応「走れた」らしいだけに、あきらめきれない人が多いだろう。
この荒川市民マラソン、最初の5回くらいはあまり厳しい気候コンディションになることはなく記録も出やすかったのに、最近、風に恵まれず、むしろ記録を狙いにくいレースになってしまっている。

最後に、例のグラファイトバンド。飯塚さんの奨めにしたがって朝の自宅出発時から装着していった。ほとんどウォーミングアップの時間がなかったわりには、確かに最初から快調に脚が動き、途中も快調。最後の宝登山からの一気300m下りで多少ふくらはぎのハリを感じたが、痙攣には全く至らずに無事走り終えた。少なくともこのレースに関する限り、効果があった可能性がある。
なお、このレースで始めて試した小物として、2XUのこっちのタイプのカーフスリーブがある。これもかなりいいかもしれない。ふくらはぎの疲労と痙攣を抑える効果はあったように感じる。装着感は、従来からあるカーフガードよりもいい。

2010年3月20日土曜日

明日は長瀞アルプストレイルレース〜NEWゲルフジデビュー


雨模様が予想されていたのでなんだか気の進まなかった明日のトレイルレースだが、なんとかレース中の大雨は避けられそうな予報なので、急にやる気になってきた。今季のフルマラソンを走り終えると、気温の上昇とともにやはりトレイルを走りたくなる。
明日の長瀞のコースは、こんなレースが予定されているとは知らずに一昨年の夏にハイキングとして歩いたコースそのもの。「必ず試走をすること」と無理な注文が大会要項に記してあるが、一応、済ませたもんね、と言える。
やる気がでてきた原因がもう一つ。世界クロカンのスタッフに支給されるウェアやバッグ類が巨大段ボール2個分、アシックスから自宅に届いた。なんと今回の公式シューズがゲルフジなのだ。黒と黄色の2010年モデル。昨年のヨルダンでの世界クロカン帯同時のブログで「こういうコースにはアシックスのゲルフジが案外いいのでは」と書いたのを担当者が見てくれたか?


これで先日購入したばかりの2009年モデルと合わせて2足の新品ゲルフジが手元に揃ってしまった。明日は2009年モデルの方をいきなりレースデビューさせようと思っている。これまではゲルトラブーコやゲルトレイルセンサーといった厚めのトレイルシューズしかレースでも使っていなかったのだが、明日は14kmとショートコースだからまあ大丈夫でしょう。