無月経の女性アスリートが初診してきた場合、最初に採血をすることが多い。LH、FSH、プロラクチンなどの下垂体ホルモンに加え、必ず血中エストラジオール値を測定する。これは要するに卵巣が分泌している女性ホルモン(エストロゲン)の量を表し、だいたい無月経の「重症度」が高いほど低下すると考えてよい。
正常に月経周期が維持されている女性ではおおよそ30pg/mlから120pg/mlくらいの間で血中エストラジオール値は周期的に変動する。
一方、数年以上の長期無月経の患者や閉経後の女性では20pg/ml未満、しばしば(通常よく用いられる測定法であるEIA法の検出感度以下という意味の)10pg/ml未満となってしまう。(ちなみにこのような低濃度のエストラジオールの測定にはEIA法でなくRIA法での検査提出が望ましいのでお知りおきを)
さて、無月経の「重症度」を分類する方法として用いられてきたのは、まず黄体ホルモン(プロゲステロン製剤という意味でPと略すことがある)を投与してみて、子宮からの消退出血があるかないかを見る、というやり方だ。
ある程度卵巣からのエストロゲン分泌能力が残存していれば、子宮内膜もある程度の厚みとホルモン反応性を残しているため、P投与後に出血がある。これは「軽症」で「第一度」無月経とされる。
一方、卵巣からのエストロゲン分泌まで低下してしまっているような「重症」無月経ではP投与だけでは消退出血がおこらず、「第二度」無月経と分類される。
この第一度、第二度を分ける血中のエストラジオール値はどれくらいかというと、一説によれば32pg/mlとされている。それ以下は「低エストロゲン状態」というわけだ。
最近診察したある20歳の球技選手は、1年間の無月経で血中エストラジオール値も18pg/mlと低下していた。しかし超音波検査をしてみると子宮が(体部のみの測定で)55mmとほぼ正常に近いサイズで、子宮内膜も4mm程度の厚みでしっかりと確認できた。
これはエストラジオール値こそ低いものの黄体ホルモン(P)投与のみで消退出血がくるのではないかと予想したところ、その通り、「以前の月経並みの」消退出血があったと報告を受けた。
つまりP投与で出血があるかどうかを血中エストラジオール値のみで判断するのは難しい。もし同じ18pg/mlであっても、子宮が35mm程度と小さく(「小学生レベル」と説明している)子宮内膜がほとんど見えないほど薄ければ、おそらく消退出血はないであろう。
エストラジオール値と子宮サイズ(内膜厚み)は、血糖値とHbA1cの関係にも似ている。採血時の一瞬間の血糖値ではなく最近1〜2ヶ月の血糖値の指標となるのがHbA1cであるように、最近1〜2ヶ月のエストロゲンの効果の積分値を示すのが子宮サイズや子宮内膜の厚みであろう。これがある程度保たれていれば、Pのみで出血をおこすことができるわけだ。
どうしてP投与のみで出血させられるかをこんなに気にするかといえば、治療手段に関わるからである。Pだけで出血させられないとなると、エストロゲン(E)とPをともに投与することになるが、ときとしてこの場合にいわゆるピル(または経口避妊薬、OC)が処方されることがある。このピルがけっこうな副作用をもたらす結果、ホルモン療法自体から選手を遠ざけてしまうことがある。
ところがある程度のエストラジオール分泌が保たれていれば、ときどきPを投与するだけで子宮内膜を更新することができ、当面の子宮体癌のリスクや不正出血を回避したりすることが可能となる。
したがってスポーツ婦人科医は血中エストラジオール値だけではなく、子宮サイズや内膜の厚さなどを総合的に見て、必要十分なホルモン療法を決定していかなくてはならない。
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