無月経の治療を目的に外来にやってくる一流女子長距離ランナーは、ほとんどが血中エストラジオール値30pg/ml以下の低エストロゲン状態である。「一流」というのは「実業団や大学で競技者としてやっている」という意味で、当然ながら皆、BMI18程度、体脂肪率15%程度の痩せ型である。
医学部の3年生に行う講義の内容にならえば、無月経の分類としては「視床下部性」無月経でWHOによる排卵障害のGroup 1。長期化重症化すると下垂体も「冬眠状態」に入り、「下垂体性」無月経の様相も呈する。すなわちLH-RH(GnRH:性腺刺激ホルモン放出ホルモン)投与で下垂体を刺激しても、下垂体ホルモンは低値のまま、となってしまう。LHが1mIU/mL未満になってしまっていると、ほぼこの冬眠状態である。この段階になると卵巣のホルモン分泌活動も低下し、血中エストラジオール値も「小学生レベル」ないしは「おばあちゃんレベル」に低下するわけだ。
で、無月経の長距離ランナーが皆このパターンの無月経かというと、そうでもない者が混じっている。
最近診た2選手は、経腹超音波検査でみると子宮が5cm程度と普通なみの大きさ、子宮内膜が4mm程度とはっきり視認できた。「冬眠」選手だと子宮は3cm程度、内膜は1mm以下でほとんど視認できなくなるのに対して、明らかに違うパターンだ。しかも左右の卵巣がはっきり確認でき、5mm程度の卵胞がぎっしり泡状に詰まっているという特徴があった。
採血してみると、無月経であるにもかかわらず、血中エストラジオール値は60以上、LH 7mIU/mL程度、FSH 4mIU/mL程度と、エストラジオール、下垂体ホルモンともに十分高い値である。
これだけ特徴が揃うと「多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)」と診断できる。WHO排卵障害分類のGroup 2である。
これは日本人でもっとも多い排卵障害の原因の一つで、本人の体質に由来するといってよい。すなわちこの選手たちは長距離走をやっていなくても、月経不順や無月経になる可能性が高いということである。幸いにして低エストロゲンにはならないので、骨粗鬆症を心配しなくてもよいし、ホルモン補充療法を行う必要もない。
ただ無月経のままほうっておいていいわけではなく、エストロゲンだけが作用し、月経により更新されない子宮内膜は子宮内膜癌のリスクが高いことがわかっているので、1〜2ヶ月に1回くらいは黄体ホルモン(P)剤を投与して消退出血を起こすことが望ましい。
また、体質に由来すると言うことは、競技をやめても排卵障害は続くということである。ひょっとすると妊娠しにくいかもしれず、ずっと婦人科とは縁が切れないかもしれないよ、と説明をしておいた。
たまたまかもしれないが、これまで長距離ランナーの無月経診療で遭遇した多嚢胞性卵巣症候群患者は全て大学生ランナー。なお、多嚢胞性卵巣症候群では血中テストステロン(男性ホルモン)値が異常に高くなることがあるが、これらの選手はテストステロンは正常だった。
こうしたランナーたちにも、ホルモン補充療法ではなく、個別に適切なホルモン療法を提供していくことが婦人科スポーツドクターの役目である。
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