友人の母親51歳が卵巣腫瘍で開腹手術することになりました。
腫瘍のみか、子宮卵巣卵管全摘出するか迷っているそうです。
全摘出する場合に、
どうやら手術を前にして術式決定における「インフォームド・チョイス」を迫られている場面のようである。こういう場合の合理的な考え方をこの医学生には知っておいてもらいたくて、ついこんな感じの長文の返信をした。
ご質問は、「腫瘍のみ摘除」と「子宮・付属器(卵巣卵管)全摘除」 のどちらがいいか、ではなく、「子宮・ 付属器全摘除した場合の術後の体調への影響」ですね?
手術が(合併症なく)順調に終わった場合は、 術後の体調への影響は、患者が閉経しているかどうかによって大きく異なるでしょう。
閉経していないのならば当然ながら術後に急激な血中エストロゲン濃度の 低下がありますので、それに応じた急激な卵巣欠落症状( いわゆる更年期障害)がおこりうるでしょう。 ただ同じようにエストロゲンが低下しても、症状の強さ・種類・ 持続期間には大きく個人差があります。Hot flushはほぼ必発として、その他どこまで症状が出るか、 その場になってみないとわからない点があります。どの程度の卵巣欠落症状が出るか本人に予想させる、というのはなかなか酷なことですね。ただしこれはいずれも「そのうちおさまる症状」(可逆的な症状) ではあります。
一方すでに閉経しているのであれば、血中エストロゲンの低下「 ショック」はほとんどないことになり、 体調への急激な影響はないといっていいでしょう。
ここまでの話はいずれも両側「卵巣」を突然失った場合の副作用についての話です。 子宮が失われることによる体調への影響はというと?・・・ ほとんどない、ことになっています。
さて、不幸にして手術の合併症があった場合。 子宮摘出による影響はないと書きましたが、 こうした手術の合併症は、 手術が大きくなればなるほど起こりやすいので、 子宮摘出を含めた方が( もともと確率はそんなに高くないとはいえ)確率は増えます。 例えば、尿管損傷、膀胱損傷、腸管損傷など。 さらに開腹手術につきものの合併症、腸閉塞とか血栓症とか、 こういうものを起こすと著しく術後の体調に影響します。 しかもこれらの中には「そのうちおさまるとは限らない」 不可逆な症状もありえます。例えば、 仙骨付近の神経損傷による術後下肢麻痺とか・・・・( 実際話を聞いたことがあります)、 極端には出血多量による死亡とか・・・。
というわけで、まとめると、 手術が順調に終わる限りは体調への影響はさほどない、 または一時的なものである、と言えるでしょう。
で、腫瘍のみ摘除と子宮・付属器全摘除のどちらがいいか、 は以上の話だけでは決められないことはおわかりですね?
なぜならそれぞれの治療法の利点とリスクを天秤にかけないといけ ないからです。ここまでの話は片方(または両方)の治療法の「 リスク」だけの話です。利点は?
これは問題の腫瘍に悪性の可能性がどれくらい見積もられているか(悪性ならば子宮・付属器摘除が標準術式なので、その治療の「利点」が増す)、 子宮にすでに異常所見があるかないか(例えば筋腫があるならばついでにとってしまうメリットがあるかも)、 あるいは閉経しているかどうか、月経随伴症状が強いかどうか(閉経前で月経痛が強いならば子宮がなくなって月経がなくなるメリットが大きい)、 などによって当然かわってきますので、一概にはいえません。
一般には、 患者にこれらの利点とリスクを客観的にオーバービューさせるのは なかなか難しいので、医師の側がそれを代行し、 どちらの治療がお勧めなのかを決めて患者に提案する、 ということが行われます。 これが患者の意見を訊かれているとすると・・・見積もりがちょうど拮抗しているのでしょう。 拮抗していないのであればどちらかの術式が「推奨」 されているはずですから。
あるいは・・・。医師側からすると、利害得失がある程度拮抗している場合、本人に決めさせておけば仮に更年期症状が強かったとか、(不幸にして)片方の術式につきものの術後合併症が起きた、という場合、「だってあなたがこっちの治療法がいいって決めたんだもん」と、はっきり本人に言わないにしても言外に匂わすことで責任を一部患者へ転嫁できる巧妙な作戦・・・とも言えるかもしれません。
従来の医師主導の治療法決定に対して(近年広まっている)インフォームド・チョイスという考え方、すなわち患者が術式を決める最終的な権利を有する、というのは総論的にはもっともなのですが、チョイスばかりに力点を置くと「結果」を全て医師が引き受けるのはしんどいので患者にも肩代わりしてもらおう、と安易な方に流れます。インフォームド・チョイスの最大の利点は、インフォーム、つまり(患者が自分でも治療法を決定できるほどの)情報提供、および決定までの思考過程の可視化に他なりません。
こんなところです。よろしいでしょうか?
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