2011年6月8日水曜日

国際陸連、「女子」選手の資格基準導入

昨日も少し触れたが、この4月に国際陸上競技連盟(International Association of Athletics Federations、IAAF)は、女子中距離のキャスター・セメンヤ(Caster Semenya、南アフリカ)選手の性別疑惑を発端とする騒動を受け、女子選手の新しい資格規定を5月1日から導入すると発表した。Hyperandrogenism(高アンドロゲン状態)の女子選手に対する規定を採用するのはまだ他競技には例がなく、IAAFが初めてらしい。

セメンヤ選手は、第12回世界陸上ベルリン大会の女子800メートルで優勝した後に実施された性別検査の結果が漏れ、「両性具有」であったと報道されている。約1年後の2010年7月、セメンヤは女子選手として競技することが認められ、復帰した。
IAAFの作業部会と国際オリンピック委員会(International Olympic Committee、IOC)の医療委員会によって18ヶ月間に渡って精査された新規定は、5月1日から導入された。

この新規定は以下のように要約される。

①男女の競技能力の差は主にアンドロゲン値の差に由来するので、陸上競技は今後とも男子競技と女子競技に分けて行われる。

②法的に女性と認められている高アンドロゲン女性は、血清アンドロゲン濃度が男性レベルよりも低いか、あるいは血清アンドロゲン濃度が男性レベルと同等であってもアンドロゲン抵抗性で高アンドロゲンによる競技力優位性がなければ、女性競技に参加できる。

③IAAFはすでにExpert Medical Panelを設置しており、疑義のあった競技者について検討し参加資格についての意見をもらうこととしている。

④3段階の検査プロセスが設定され、すべてのデータがExpert Medical Panelに届けられる。

⑤すべての検査プロセスは秘密裏に行われ、Expert Medical Panelに対しても競技者は匿名とする。

⑥規則に適合しない、もしくは資格認定プロセスを拒否する女性競技者は女性競技に参加できない。

①はまあ誰も異存がないであろう。
②は従来の考え方を追認しているとしてよい。すなわちアンドロゲン不応症の完全型であれば、何の問題もなく女性競技に参加可能。不全型であれば(セメンヤ選手もこれであった可能性が高い)、高アンドロゲンによるメリットをどれくらい享受しているかによって判定されるということである。少なくとも性腺除去手術が条件として課されるのではないだろうか。
④この検査プロセスというのが今回の発表の目玉であろう。詳細は省くが、その3段階目として世界6箇所にIAAFが認定した専門機関において遺伝学的検査を含む詳細な検査が施行され、最終診断と治療法の提案までがなされることになる。
⑤はセメンヤ騒動の反省から、匿名性を強く宣言したものと思われる。
⑥により、これらの規定がドーピング規定と同様に出場停止を含んだ罰則付きの規定となったことがわかる。従来は判定結果はIAAFの医事委員会から本人への勧告あるいは医学的アドバイスのレベルにとどまっていたが、これで強制力をもったものとなったわけだ。

IAAFは同時に、男性から女性への性別適合手術を受けた選手の資格についても検討を重ねていたことを発表しているが、その内容は昨日書いたとおり。

2011年6月7日火曜日

GID学会に参加しての所感~スポーツとジェンダーの話まで

GIDというのは「性同一性障害」のこと。埼玉医大は日本で最初に性別適合手術を手がけたことで有名だが、主導した形成外科の教授の退任に伴ってすっかりGID診療は下火になってしまっている。もっとも埼玉医大かわごえクリニックでGIDの専門外来は現在も続いているから完全に手をひいたわけではない。当初からうちの産婦人科の主任教授が関与している縁で、今回、年に一度の研究会に参加してきた。
場所は大崎ゲートシティという大崎駅からつながった新しいビルで交通至便。患者(この学会特有の言い方で「当事者」という)がこれだけたくさん(参加者の半分近く)参加する学会というのも珍しいだろう。

そもそもGIDは病気なのか、病気だとすれば精神疾患なのか身体疾患なのかというテーマが議論の端々に登場する。
たとえば「ダウン症は病気ではない。個性の一部だ」とおっしゃる小児科医もいて、言いたいことはもちろんわかるが、やはり無理がある。ダウン症は染色体異常である、という理解をしたうえで、その患者への対応を議論すればいいのである。
GIDという「病態」が脳の特性に由来することは自明だから、あえて分類するなら身体疾患ではなく精神疾患の方だろう。当事者の中には「私は頭がおかしいわけではない。私からすれば身体の方が間違っているのだから、これは身体疾患だ」とおっしゃる方もいるようだが、「精神疾患」と対して偏見を持っているといわざるを得ない。被差別者が異なる差別・偏見を有していると批判されてしまう。そもそも精神疾患か身体疾患かの分類にさほどの意味があるとは思われない。精神医学的アプローチが問題解決により有効であるものを精神疾患としておけばいいのであり、その境界はときにファジーである。GIDについては、DSD(性分化異常症)の一形態とするのが妥当か。
ただ、GIDをとりあげたドラマなどの影響もあってか、一般の人の間にも「GIDは病気ではない。個性の一部だ」という「脱病理化言説」が広まっているという。この学会でも一方では性別適合手術やホルモン療法に対する保険適応の導入が真剣に議論されているのだが、病気でないのなら健康保険の適応など不要だと片づけられてしまう恐れがあるわけだ。もちろん極端に偏ることなく、GIDの当事者が適切な医療サポートを受けられるのが一番いいわけだが、健康保険の適応かとなると、医療費総体とのバランスも考慮せねばならず、難しい面も多い。

私がもっとも関心があるのは、スポーツにおけるジェンダーとGIDの問題である。たとえばIAAF(世界陸連)やIOC(国際オリンピック委員会)の考え方では、MTF(もともと身体的男性)は、性別適合手術が済んで所定の年月(2年が一般的か)が経過して当該国の法律でも性別変更が認められていれば、女性として競技参加可能となる。一方、FTM(もともと身体的女性)の場合は話が難しい。同様の条件を課しても、「男性性」を維持するために男性ホルモンの注射投与を連日のように行っている場合が多いので、ドーピング違反に問われてしまい、男性として(もちろん女子としても)競技参加することはできなくなってしまう。
今年4月にIAAFの医事委員会で討議された内容を見ると、GIDの競技参加について新たに詳細な規定は定められていない。 当事者の年齢、性別適合手術後か、性腺が摘除されているか、思春期発来後か、手術から何年経過したか、現在の男性ホルモンレベル、などによって「専門家委員会」に諮問する、となっていて、要するにアスリートの状況に応じた個別審査となるようである。したがってFTMであっても場合によると(男性ホルモンレベルを低く抑えてあれば)競技参加が可能となる可能性はある。
こういう話はもちろんオリンピックなどのレベルのアスリートの話である、実際に例えば日本の学校教育の中ではGID当事者のスポーツはどう扱われているか。教育現場では徐々に「希望する性」での受け入れが進んでいるとはいっても、まだまだごく一部。特に体育の領域は保守的であって、なかなか「希望する性」での競技が受け入れられているとは言い難い。MTFが中学校で柔道でなくダンスを選択する、というのはなかなか難しいようだ。
MTFの中にはもちろん競技スポーツで頑張りたい人もいるわけで、そうした人たちが思春期に簡単に女子競技で活躍してしまうことにはもちろん問題がある。国体には出ていいのか、日本選手権には出ていいのか、と問題は発展する可能性がある。
一部の先進的な欧州諸国では、性別適合手術の有無にかかわりなく、希望する性別での社会的生活を認めているようだが、そうなるとフェアな女子競技が維持できるか難しいだろう。学校スポーツがそのまま競技スポーツに継続していくことが多い日本では、そのあたり保守的なことがかえってスポーツにおけるジェンダー問題が複雑化する「歯止め」になっているのが現実のようだ。

2011年6月4日土曜日

久しぶりのトラック練習で失神寸前

埼玉医大陸上部の毎週土曜日の練習は、東洋大学や川越まで出かけていってのトラック練習。今日は久しぶりに外勤明けで東洋大学練に参加。
1年生が1km3分30秒のペースで10000mペース走を行うというので、4年生と交替で1000mずつ引っ張ることにした。すなわち1000m×5(3'30"休)のインターバル。これが案外きつくて、徐々に腹筋に力が入らなくなる。肝心の5本目はずるずると脱落。情けない。1年生は余裕で10000mをこなしていた。強い。
その後、300mを48秒で2本。これで脚はピクピク、頭ガンガン、座り込んで起き上がれない状態に。サングラスで頭を締め付けられるのが痛いと感じるくらい。さらに吐き気まで襲ってきた。
昔はよくもこんな練習をやっていたな、と自分に感心。やはり中距離練習は体に悪い。急にやるのが悪いのだな。

2011年6月3日金曜日

ヤーズの血栓症リスクに注意〜アスリートへの処方をどうするか

昨年11月に発売されたヤーズ®の利点に着目して、特に女性アスリートへの処方を推進しようとしていた自分にとっては、その副作用について衝撃的なニュースが入った。
ヤーズはドロスピレノンという黄体ホルモンを含有している。このドロスピレノンはむくみにくい、体重増加がおこりにくい、というメリットがあるとされている。
しかし、今回BMJという英国の医学雑誌に発表された2つの論文によると、ドロスピレノン含有経口避妊薬(OC)の血栓症リスクが従来型のOCの2〜3倍高いというのだ。

1つめの研究は、英国の一般開業医の診療データベースから、VTEの危険因子を持たない15~44歳の女性で、エストロゲン30μg+ドロスピレノンまたはエストロゲン30μg+レボノルゲストレルを含む経口避妊薬を使用した人々を選出して行われた。
特発性VTEと診断された17人(28%)とコントロールの26人(12%)がドロスピレノンを含む経口避妊薬の現在の使用者で、特発性VTEと診断された44人(72%)とコントロール(88%)の189人がレボノルゲストレルの使用者だった。ケースコントロール分析では、ドロスピレノンの現在の使用はレボノルゲストレル使用に比べ特発性VTEのリスクを3.3倍にしていた。BMI、静脈瘤の既往や喫煙歴、抗うつ薬使用歴などを調整に加えてもオッズ比は3.1(1.3-7.5)とほぼ変化しなかった。リスクは年齢が低い方が大きく、35歳未満の女性のオッズ比は3.7(1.3-10.7)であった。10万人・年当たりの罹患率は、ドロスピレノン使用者が23.0(13.4-36.9)、レボノルゲストレル使用者が9.1(6.6-12.2)となった。

2つめの研究は、米国PharMetrics社のデータベースから得た情報を利用して、ほぼ同様の研デザインで行われた。
特発性VTEと診断された121人(65%)とコントロールの313人(46%)がドロスピレノンを含む避妊薬を、特発性VTEと診断された65人(35%)とコントロールの368人(54%)がレボノルゲストレルを含む製品を使用していた。ドロスピレノン使用群のVTE罹患のオッズ比は2.8(2.1-3.8)になった。やはりリスクは年齢が低い方が大きく、30歳未満では3.7(2.0-6.9)、30~39歳では1.9(1.1-3.3)、40~44歳は1.4(0.65-3.0)となった。10万人・年当たりの罹患率はドロスピレノン使用者が30.8(25.6-36.8)、レボノルゲストレル使用者は12.5(9.61-15.9)であった。

以上、日経メディカルオンライン・海外論文ピックアップ「ドロスピレノン含有経口避妊薬の静脈血栓塞栓症リスクは高い レボノルゲストレルを含む製品の2~3倍」(大西 淳子)から抜粋して紹介した。

全く別の集団を対象とする、ほぼ同じデザインの2つの研究で、同じレベルのリスク上昇が見られたことから、ドロスピレノンを含む経口避妊薬のVTEリスクはレボノルゲストレルを含む製品よりも高いことが明らかになったといえよう。
これを受けてFDA(アメリカ食品医薬品局 Food and Drug Administration)も5月31日に安全性に関する情報を出して、警告を発するに至っている。

研究に用いられたOCに含まれるエチニルエストラジオールは 30μgよりも少量の20μgである点や、若年・非肥満・非喫煙の女性アスリートはもともと血栓症リスクが低い点などから、女性アスリートに対するヤーズの処方をただちに中止する必要はないと思われる。ただし若年者ほどオッズ比が高いという理由が不明であるが、気になるところ。今後の処方をより慎重にしていく必要はあるだろう。


2011年4月28日木曜日

今年の埼玉医大陸上部の新人は期待大

毎年、楽しみな埼玉医大陸上部の新歓コンパ。今年の新人に会ってみたら凄かった。

まずは岡部文子さん。知っている人はもちろん知っている。熊谷女子高時代、競歩でジュニア日本代表経験あり。都大路で5区もつとめた。2浪して埼玉医大に入ってきてくれた。競技への意欲は衰えていない。これからは長い距離も、と言ってくれている。一緒に練習するのも楽しみだし、再び名を轟かすようになるのも楽しみ。


次に轟 和典君。陸上の名門 農大三高からやってきた。全国中学出場経験あり、5000mも15分そこそこの記録を持つ。まずは体重を落とすところからかな。減量できて故障しなければ、あっという間に15分半までは戻るだろう。

短距離も充実。中山 雄太君、川越高校出身。短距離。200mで22秒10、400mで50秒13で走っていたとのことだから、もちろん即戦力。写真はとりそこなったがもう一人入部した200m22秒そこそこの○○君(ごめん、名前失念)とダブルエースで、リレーは完璧。
「オレはもうお呼びじゃないかも」とやや鬱気味になっていた上級生にも奮起を促した。強い下級生が入ってラッキーと思おう。リレーの強さは走力4番目の選手で決まる。君が伸びればリレーでメダルをとって卒業できるぞ、と。


今年は埼玉医大の陸上部に期待していただきたい。新人は6人。上級生も刺激を受けて頑張っている。まずは夏の東医体を席巻する予定。

2011年4月14日木曜日

腰椎骨密度66%(若年成人比)のショック〜どうサポートする?

66%!
最近も再び疲労骨折を起こしてしまった女子長距離走選手の相談を受けた。腰椎骨密度はなんと平均値の66%にまで低下していた。これまで40人以上の女子長距離選手の骨密度を測ってきていて、70%台にはもうびっくりしなくなっているのだが、さすがにこれは史上最低の値である。
実はこの選手は以前にも68%という数値が出ていて、無月経に対するホルモン補充療法を行っていた。しかし、この半年は行ったり行わなかったりで十分な治療ができていない。
さてこれから婦人科医としてはどのようにサポートしていけばいいだろうか。これまでの経過から、ディビゲル®と用いたホルモン補充療法を行っても骨密度維持は図れても増加は難しいかもしれない。しかしこの骨密度で競技を続けさせるのもリスキーすぎる。
私がおすすめしたのは経口避妊薬(低用量ピル、OC)である。
海外の文献には、「若年アスリートの無月経に伴う骨粗鬆症は、骨吸収の増加がないという点で閉経後の骨粗鬆症とは機序が異なる。ホルモン補充療法では十分でないが、(ホルモン作用のより強い)ピルならば骨量増加を期待しうる」という意見があることは以前より承知していた。ただしアスリートの出すうえで、吐き気、食欲増加、浮腫、体重増加などの副作用が少ないOCがなかなかなく、躊躇していた。
幸い昨年11月に登場したヤーズ®はこのような副作用が軽減されている。そこで今回、このOCを開始することにした。コーチはホルモン療法にあまり賛成でないらしいが、この骨密度でSかも実際に疲労骨折を起こしているわけだから「理想」を言ってはいられない。現実的に婦人科医ができる最善と思われるサポートをしていく必要がある。
なお整形外科主治医からは活性型ビタミンD誘導体であるエディロール®が処方が開始された。ここでビスホスホネート製剤を処方しないのは、やはり骨吸収の増加が原因ではないと見抜いているからであろう。賛成である。

2011年4月13日水曜日

「三陸海岸大津波」(吉村 昭)

Amazonでしばらく品切れしていた吉村 昭「三陸海岸大津波」(文春文庫)がやっと届いたので、一気に読了した。
今回「千年に一度の未曾有の大震災」だと思っていたけど、津波に限って言えば昭和8年にもほとんど同じことが起きていたことにまず驚き。しかも同じ3月。
明治29年のその前の大津波から30年以上経過し、津波の恐怖感もだいぶ薄れてきた頃。「晴天のときには津波はないものだ」「水平動の後には津波はない」などと「自信ありげに」動かなかった人が随所にいたようだ。最悪の事態を想定して避難しようとする人を見下すかのように、皆を安心させるのが自分の役目とばかりに自信ありげに抑えにかかる人・・・安心していい根拠はないのに・・・今回の震災でも原発事故でも、いたような気がする。人はつい「安心な」提言に従いたくなるものだ。医療、特に手術の場面においても同様のことがある。自戒したい。
さて昭和8年の場合は、いったん津波を警戒した人々の多くも15分後には、大丈夫と再び寝についている。地震から30分も経過しての、しかも深夜の津波来襲だったため、不意を襲ったかたちになったのだ。
津波から町が復興し、記憶が薄れてくると、高台に集中していた家が再び海沿いに進出してくる現象が見られたと記載されている。数十年に一回起きるかどうかわからない津波に備えるよりも、漁業活動に便利な海沿いへ住む方がラクだから。痛みが過ぎるとすぐ忘れてしまい目先の利益を追求してしまいがちな人間の悲しい本性なのだと思う。
今回医療支援で訪れた大船渡でも、津波で壊滅した地区は「津波警戒地域」と(おそらくこの昭和津波の経験から)道路上に標識で明示されていたエリアにほぼ一致していた。
これからの被災地の町づくりに必ずや過去の経験から得られた叡智を生かしていかねばならない。

2011年4月12日火曜日

JOC医学サポート部会・被災地支援報告(後)

大船渡レポートの後半を。


県立大船渡病院は大船渡市だけでなく、北の釜石市や南の陸前髙田市の「面倒」も見る役割を担っています。
院内は救急救命センター内でのみまだ自治医大などの応援部隊が活動していましたが、徐々に縮小中とのこと。先週までは各科の外来は一応急患や妊婦健診のみの対応でしたが、来週からは内科の内視鏡や超音波などの検査外来も始まり、通常通りの外来が復活するようです。
医局内も特に騒然とした雰囲気もなく、避難所や壊滅した港湾部の様子が嘘のように落ち着いています。
むしろ県立病院のドクターは自分の病院の仕事のみで、案外避難所の状況は直接ご覧になっていないように見えました。医師宿舎も高台の病院のすぐ横ですし。

結局2泊の県立大船渡病院産婦人科当直中は、救急センター当番医から婦人科手術後のイレウス患者を入院させておくとの報告を受けたのと、分娩1件だけと少々「拍子抜け」でした。あまりお役に立てなかった感が強いです。今後産婦人科医として応援に入るなら、岩手医大や東北大などを通して、「超急性に生じた分娩施設の集約化」が起きてしまっている病院へ適切に配分してもらった方がよさそうです。地域中核病院に常勤医を送っているのは結局大学ですから、旧来からの大学の機能が生きるように思います。

一方、3日目・4日目もJOCチームとして避難所の診療を続けました。血圧測定、降圧薬内服相談、インフルエンザ検査、イナビルの処方など、にわか内科医となりました。
現地の支援医療チームの「配置」は主に、大船渡市保健福祉課の保健師達が行っていますが、これがなかなか現場の実態に即した適切な対応とならない。どうしても医者が余ってヒマにしている避難所や、数日間医療チームが訪れない避難所などができてしまいます。このあたりが今後の課題かもしれません。
さらに市が違えば、陸前髙田からわざわざ治療を受けに来た女性によれば、医療チームの姿を避難所ではいちども見たことがないと言っていました。全体を見渡して、医療支援を必要とするところに、割り振っていくというのは難しいです。
3月30日をもって、大人数を誇る徳州会チームが大船渡から引き揚げていきました。TMATと名乗るこのチームは徳州会病院の勤務者のみで構成されているわけではなく、徳州会の呼びかけに応じて集まった一般の医師などが過半数を占める、ということを初めて知りました。市民文化会館を拠点に、徳州会大船渡分院とも呼べるほどの充実した医療体制をつくりあげており、専用診察室を完備し、医師・ナースが24時間常駐で、1日1回の回診までついていました。5人のドクター、10人近くのナースに、運転手、広報、看護学生まで揃いのユニフォームで送り出す、しかもそれを大船渡だけでなく数都市で展開するのですから、見事な組織力です。
3月31日からは市民文化会館をJOCチームで引き継ぎましたが、同レベルの診療体制維持は困難でしたので、治療が必要な「患者」はどんどん地元医に行ってもらう方針で臨みました。
開業の先生のところには通常ルートで薬剤も納入されるようになっていますし、我々のタダ診療で開業医の収入源を奪うようなことはいけません。
私が大船渡へ行ったのは、被災者の直接支援から、現地の医療体制復興の支援へと徐々に転換すべき時期だったと言えます。

この医療体制復興支援は今後長い年月が必要です。多くの方が支援活動への熱意を失うことなく、継続的に支援を行っていくことを祈念します。

2011年4月11日月曜日

JOC医学サポート部会・被災地支援報告(前)


3月28日から31日まで、JOC医学サポート部会による被災地医療支援チームの第1陣として岩手県大船渡市で医療活動をしてきた。そのレポートを転載する。まずは前半。


大船渡の町の様子はテレビなどで見ていた通りのすさまじい破壊されようです。
小舟や車が民家の瓦礫の上に乗りあがっている様子には目をみはりました。
川を逆流して津波が上がってきたようで、川の沿岸一帯は広範囲に瓦礫の山です。
ただし、ある程度以上の標高以上の建物は全く被害を受けていないため、その境目の上か下かで天地の違いがあります。
大船渡の場合は町の片側は急峻な坂で高台に移行するので、県立病院や市役所を含む高台の方は生き残っています。
それに対してもともと「津波危険エリア」と表示されていた港湾部エリアがそのまま全部水に浸かったようです。
これが陸前高田などでは高台がないので、町全体がやられたようですね。大船渡までの道中に通過しましたが、見渡す限りの壊滅状態でした。
JOCチームが本拠地にしている本増寺はやはり高台にあって、現在は水も電気も復旧しており、多くの避難所からすれば申し訳ないくらいの環境です。
2日目の午前中は大船渡中学校を中心に2ヶ所の避難所まわりを(岡山県から派遣の保健師と一緒に)行いました。
大船渡中学校の体育館には、簡易テントが立ち並んでいてそれぞれの家族分のスペースは確保できているようでした。
公民館や神社の避難所は大きな畳の部屋一室に、70代以上の方々ばかりおられました。それ以外の方々は撤去作業その他に外出中です。
血圧不安定、風邪気味などの訴えはありましたが、おおむね健康状態はさほど悪くなく、常備薬も一応足りているようでした。
明日から市の斡旋による県内陸部への「移動」が始まるようで、これでまた各避難所から少しずつ人が減っていくものと思います。
午後に、県立大船渡病院の小笠原敏浩部長(副院長)にお目にかかり、2晩、大船渡病院産婦人科の当直をすることになりました。
大船渡は開業の分娩施設がもともとなかったので、日本産科婦人科学会から派遣している石巻などのように、開業医での分娩予定者が基幹病院に突然一極集中するという現象は起きていません。すなわち開業の先生で見ていた妊婦が「飛び込み分娩」にやってくるということはないようです。
もともと年間分娩数700程度だそうですが、むしろ震災を機に内陸や他地域に転出する妊婦が増えているようで、震災後の2週間ちょっとで分娩は14、とのことでした。
病院自体も救急患者のみの対応を行っていたのが、今週からは一般外来も再開しています。ただし定時の手術はすべてキャンセルで、緊急も搬送。帝王切開と外傷のみ行っています。
したがって産婦人科病棟は時々の分娩こそあるものの、入院患者も最小限(癌の末期数名と羊水過少の妊婦一名)にしぼられており、定時婦人科手術もなく、分娩待機さえなければ昼間の業務はむしろ「ヒマ」だそうです。
合計5人の産婦人科医のうち、1名は釜石に1人医長として出張中、部長、医長、7年目女医、6年目女医の4名が残っています。
震災直後のいわゆる全科当直で若手2名の先生が相当疲労が蓄積しているとのことで、私の当直応援申し出はありがたがっていただきました。

2011年4月10日日曜日

「カティンの森事件」を碑文からいつの間にか抹消

ちょうど1年前の4月10日、このブログにもとりあげたショッキングな事件があった。「カティンの森事件」70年の追悼式典に出席するためロシアのスモレンスクに向かっていたポーランド・カチンスキ大統領搭乗機の墜落事故である。
なぜ僕がこんなにポーランドやカティンの森にこだわるかと言うと、日本陸連のチームドクターとして2回もビドゴシチへ遠征したことがあるうえ、その「予習」としてワイダ監督の「カティンの森」も岩波ホールで見たからだ。 西からはドイツ、東からはロシアに圧迫され虐げられてきたポーランドの悲劇の歴史に関心を持たずにはいられない。

その1周年に当たる今日、ロシアの前時代性を示すニュースが飛び込んできた。。

いつの間にか交換…=ポーランド大統領墜落死の碑文―ロシア
時事通信 4月10日(日)10時15分配信
【スモレンスク(ロシア)AFP=時事】2010年4月10日、ポーランドのカチンスキ大統領(当時)らが乗った旅客機がロシア西部スモレンスク郊外で墜落してから1年、コモロフスキ現大統領のアンナ夫人が9日、遺族一行を連れ事故現場を訪れた。しかし、激しい雪の中で一行が目にしたのは、いつの間にかロシア側によって交換された碑文だった。
旧碑文には、スモレンスク郊外で第2次大戦中、ポーランド将校が旧ソ連秘密警察に大量虐殺された「カチンの森事件」について明記されていた。しかし、交換後の碑文からは抹消されている。 

写真のキャプションには、「ロシア西部のポーランド大統領機事故現場にあった旧ソ連秘密警察による大量虐殺事件、「カチンの森事件」について明記された旧碑文(上、8日)と、抹消されている現碑文(下、9日)。ロシア側によって交換された」と書かれている。

1年前の事故後はさすがにロシアも気が引けたと見えて、やや大袈裟に哀悼の意を表して追悼式典を主催したり、宥和ムードを演出したりしていたが、陰ではやはりこういうことをしている。ソ連、KGBの尻尾が残っているということか。背景にはポーランドに対する蔑視も潜んでいると思われる。
日本に対しても、今回の震災直後には北方領土やガス田開発、電力供給に関して驚くほどの甘い発言がロシアから聞かれていたが、こんなのはジェスチャーにすぎないと思ったほうがよさそうだ。油断してはならない。