2016年4月25日月曜日

トランスジェンダー選手が世界記録を更新する可能性について

特に「男性→女性」(MTF)の強い選手が現れて、女子の世界記録に迫る、ないしは更新する場合などが問題となる。
今回の指針によれば、MTFの選手は初回の競技出場前に少なくとも12ヶ月間、自分の血清総テストステロンレベルが10nmol/L未満であったことを示さねばならない。ただし「12ヶ月が女性競技におけるアドバンテージを最小化するのに十分な長さかどうか議論がある」とも付記されており、本当に1年間低テストステロンであるだけで女性競技に出場することがフェアかどうか、今後検証していくことが必要と思われる。今回の指針はトランスジェンダー選手の権利確保を主に考えられており、女性競技におけるフェアネスの維持という点については後回しになっている感がある。
実際、成人に達するまでにテストステロンの影響を受けて「男性的に」形成された身長、骨格、筋肉量などは、その後低テストステロンになったとしても維持される。
2009年のベルリン世界陸上の際に問題となった800mのキャスター・セメンヤ選手の例では、もちろんMTFとは異なるが、テストステロンの効果を受けて男性的体格となった後、性腺除去手術を受け、テストステロンレベルは10未満が1年以上続いたことが確認されて女性競技に復帰しているはずである。しかし6年経過後の現在も、やはり男性的パワーでもって世界のトップクラスを維持している。最近の南アフリカ国内のレース映像も確認したが、体型やフォームなどは変わっていない。
思うに(成人期までの)テストステロン効果がモノを言う種目とさほどでもない種目がありそうで、800などはモノをいう方なのだろう。もしこれまでの検討が「さほどでもない種目」での調査結果をもとに「1年間の低テストステロンで十分」というのは、やや危険な気もしている。




2016年4月24日日曜日

IOCがトランスジェンダー選手の出場基準を緩和

IOCはリオデジャネイロ五輪を前に、トランスジェンダー選手の出場基準を緩和する方向の新たな指針を出した。指針では女性から男性になった選手(FTM)は五輪出場の規制がなくなる。男性から女性になった選手(MTF)は男性ホルモンのテストステロン値が一定レベルを下回る条件などを満たせば参加が可能になる。性別適合手術を必須要件からはずしたことが特徴であり、たとえばMTFで精巣が残存していても、エストロゲン補充療法によりテストステロンがある期間抑制されていれば女性競技出場可能ということになる。
一方、この指針はWADAコードを覆すものではない、とされており、テストステロン補充療法を受けているFTMがドーピング規定違反に問われないのかどうかが明らかでない。情報を集めたいと思う。
原文はこちら。私の翻訳(一部意訳含む)は以下の通り。



性別適合(sex reassignment: SR)とアンドロゲン過剰(hyperandrogenism: HA)についてのIOCコンセンサスミーティング(2015年11月)

1)トランスジェンダーのガイドライン

A スポーツにおけるSRに関する2003年のストックホルムコンセンサス以降、ジェンダー・アイデンティティの社会における自律の重要性について、徐々に認識が高まってきた。
B しかしながら、ジェンダー・アイデンティティが法律で全く規定されていない司法権も存在する。
C 今のところ、トランスのアスリートがスポーツ競技会に参加する機会からしめ出されることのないよう、可能な限り保証することが必要である。
D 優先すべきスポーツの目的は、フェアな競争の保証であり、また今後もそうである。
E 競技会に参加する前提条件としての手術的解剖学的変更を必須としていることは、フェアな競争を確保するうえで必要ではなく、進化している法制と人の権利に関する観念に合致していない。
F このガイドラインは、WADAコードとWADA国際基準に従う必要性をいかなる手段によっても覆そうとするものではない。
G このガイドラインは絶えず更新されるべき文書であり、あらゆる科学的医学的進歩によりレビューされるべきものである。
こうした精神に基づき、男女の競技に出場する適確性を決定するうえで、種々のスポーツ組織により以下のガイドラインが実行に移されることにIOCのコンセンサスミーティングは同意した。
1.女性から男性へ転換する者は、男性のカテゴリーに制限無しに出場できる。
2.男性から女性へ転換する者は、以下の条件のもとに女性のカテゴリーに出場できる。
2.1.当該アスリートが自分のジェンダー・アイデンティティは女性であると言明していること。この言明は、このスポーツの目的に関する限り、最低4年間は変更することができない。
2.2.当該アスリートは、初回の競技出場前に少なくとも12ヶ月間、自分の血清総テストステロンレベルが10nmol/L未満であったことを示さねばならない。(12ヶ月が女性競技における有利を最小化するのに十分な長さかどうか議論があることを考慮して、ケースバイケースで秘密裏の評価に基づき、もっと長い期間を要求されることもありうる)
2.3.当該アスリートの血清総テストステロンレベルが、女性カテゴリーで競技するうえでの適確性を証明すべき期間を通して、10nmol/L未満でなければならない。
2.4.これらの条件に対するコンプライアンス(遵守)は検査によりモニターされる。遵守されない場合は、女性競技への適確性は12ヶ月延期される。

2)女性アスリートのアンドロゲン過剰(HA)

2015年7月24日の「Chand対AFI及びIAAF」(CAS 2014/A/3759)暫定裁定に対して、IOCのコンセンサスミーティングは以下のように薦める。
・スポーツにおける女性の保護、およびフェアな競技の原則の推進のために、規則は存在すべきである。
・IAAFは他のIF、NOC、他のスポーツ組織のサポートを得て、IAAFのHAに関する規則が復活できるようCASに再度訴える用意がある。
・差別を避けるために、もし女性競技に参加資格がない場合には、当該アスリートは男性競技で競技する資格が与えられるべきである。



2016年3月12日土曜日

ランニング学会でドーピングについて話します

本日から岡山で行われる第28回ランニング学会大会のシンポジウムに呼ばれている。今回の大会は、大会長の吉岡先生の競技志向を反映して(?)「マラソンニッポン復活に向けて “長距離走トレーニング再考”」という刺激的なタイトルがついている。
2日目(3/14日)の14時からの私の出番は、「ドーピングとランニング」というシンポジウム(座長:河合美香(龍谷大学) 演者:杉田正明(三重大学)・難波 聡(埼玉医科大学)・北島百合子(長崎大学))。大学のときにお世話になった杉田先生とご一緒できるのが楽しみ。
いつもの「女性アスリートの婦人科的問題」の話は北島先生にお任せするとして、今回は日本陸連医事委員代表として、長距離ランナーのドーピング問題について話す予定である。貧血・Epoの話がメインになると思うが、メルドニウムなど最新の情報も入れていく予定。市民公開講座として入場無料のはずなので、多くの方においでいただきたい。
名古屋ウィメンズマラソンの結果も出る時間帯で、盛り上がりがそのままつながるといいが。