2011年6月8日水曜日

国際陸連、「女子」選手の資格基準導入

昨日も少し触れたが、この4月に国際陸上競技連盟(International Association of Athletics Federations、IAAF)は、女子中距離のキャスター・セメンヤ(Caster Semenya、南アフリカ)選手の性別疑惑を発端とする騒動を受け、女子選手の新しい資格規定を5月1日から導入すると発表した。Hyperandrogenism(高アンドロゲン状態)の女子選手に対する規定を採用するのはまだ他競技には例がなく、IAAFが初めてらしい。

セメンヤ選手は、第12回世界陸上ベルリン大会の女子800メートルで優勝した後に実施された性別検査の結果が漏れ、「両性具有」であったと報道されている。約1年後の2010年7月、セメンヤは女子選手として競技することが認められ、復帰した。
IAAFの作業部会と国際オリンピック委員会(International Olympic Committee、IOC)の医療委員会によって18ヶ月間に渡って精査された新規定は、5月1日から導入された。

この新規定は以下のように要約される。

①男女の競技能力の差は主にアンドロゲン値の差に由来するので、陸上競技は今後とも男子競技と女子競技に分けて行われる。

②法的に女性と認められている高アンドロゲン女性は、血清アンドロゲン濃度が男性レベルよりも低いか、あるいは血清アンドロゲン濃度が男性レベルと同等であってもアンドロゲン抵抗性で高アンドロゲンによる競技力優位性がなければ、女性競技に参加できる。

③IAAFはすでにExpert Medical Panelを設置しており、疑義のあった競技者について検討し参加資格についての意見をもらうこととしている。

④3段階の検査プロセスが設定され、すべてのデータがExpert Medical Panelに届けられる。

⑤すべての検査プロセスは秘密裏に行われ、Expert Medical Panelに対しても競技者は匿名とする。

⑥規則に適合しない、もしくは資格認定プロセスを拒否する女性競技者は女性競技に参加できない。

①はまあ誰も異存がないであろう。
②は従来の考え方を追認しているとしてよい。すなわちアンドロゲン不応症の完全型であれば、何の問題もなく女性競技に参加可能。不全型であれば(セメンヤ選手もこれであった可能性が高い)、高アンドロゲンによるメリットをどれくらい享受しているかによって判定されるということである。少なくとも性腺除去手術が条件として課されるのではないだろうか。
④この検査プロセスというのが今回の発表の目玉であろう。詳細は省くが、その3段階目として世界6箇所にIAAFが認定した専門機関において遺伝学的検査を含む詳細な検査が施行され、最終診断と治療法の提案までがなされることになる。
⑤はセメンヤ騒動の反省から、匿名性を強く宣言したものと思われる。
⑥により、これらの規定がドーピング規定と同様に出場停止を含んだ罰則付きの規定となったことがわかる。従来は判定結果はIAAFの医事委員会から本人への勧告あるいは医学的アドバイスのレベルにとどまっていたが、これで強制力をもったものとなったわけだ。

IAAFは同時に、男性から女性への性別適合手術を受けた選手の資格についても検討を重ねていたことを発表しているが、その内容は昨日書いたとおり。

2011年6月7日火曜日

GID学会に参加しての所感~スポーツとジェンダーの話まで

GIDというのは「性同一性障害」のこと。埼玉医大は日本で最初に性別適合手術を手がけたことで有名だが、主導した形成外科の教授の退任に伴ってすっかりGID診療は下火になってしまっている。もっとも埼玉医大かわごえクリニックでGIDの専門外来は現在も続いているから完全に手をひいたわけではない。当初からうちの産婦人科の主任教授が関与している縁で、今回、年に一度の研究会に参加してきた。
場所は大崎ゲートシティという大崎駅からつながった新しいビルで交通至便。患者(この学会特有の言い方で「当事者」という)がこれだけたくさん(参加者の半分近く)参加する学会というのも珍しいだろう。

そもそもGIDは病気なのか、病気だとすれば精神疾患なのか身体疾患なのかというテーマが議論の端々に登場する。
たとえば「ダウン症は病気ではない。個性の一部だ」とおっしゃる小児科医もいて、言いたいことはもちろんわかるが、やはり無理がある。ダウン症は染色体異常である、という理解をしたうえで、その患者への対応を議論すればいいのである。
GIDという「病態」が脳の特性に由来することは自明だから、あえて分類するなら身体疾患ではなく精神疾患の方だろう。当事者の中には「私は頭がおかしいわけではない。私からすれば身体の方が間違っているのだから、これは身体疾患だ」とおっしゃる方もいるようだが、「精神疾患」と対して偏見を持っているといわざるを得ない。被差別者が異なる差別・偏見を有していると批判されてしまう。そもそも精神疾患か身体疾患かの分類にさほどの意味があるとは思われない。精神医学的アプローチが問題解決により有効であるものを精神疾患としておけばいいのであり、その境界はときにファジーである。GIDについては、DSD(性分化異常症)の一形態とするのが妥当か。
ただ、GIDをとりあげたドラマなどの影響もあってか、一般の人の間にも「GIDは病気ではない。個性の一部だ」という「脱病理化言説」が広まっているという。この学会でも一方では性別適合手術やホルモン療法に対する保険適応の導入が真剣に議論されているのだが、病気でないのなら健康保険の適応など不要だと片づけられてしまう恐れがあるわけだ。もちろん極端に偏ることなく、GIDの当事者が適切な医療サポートを受けられるのが一番いいわけだが、健康保険の適応かとなると、医療費総体とのバランスも考慮せねばならず、難しい面も多い。

私がもっとも関心があるのは、スポーツにおけるジェンダーとGIDの問題である。たとえばIAAF(世界陸連)やIOC(国際オリンピック委員会)の考え方では、MTF(もともと身体的男性)は、性別適合手術が済んで所定の年月(2年が一般的か)が経過して当該国の法律でも性別変更が認められていれば、女性として競技参加可能となる。一方、FTM(もともと身体的女性)の場合は話が難しい。同様の条件を課しても、「男性性」を維持するために男性ホルモンの注射投与を連日のように行っている場合が多いので、ドーピング違反に問われてしまい、男性として(もちろん女子としても)競技参加することはできなくなってしまう。
今年4月にIAAFの医事委員会で討議された内容を見ると、GIDの競技参加について新たに詳細な規定は定められていない。 当事者の年齢、性別適合手術後か、性腺が摘除されているか、思春期発来後か、手術から何年経過したか、現在の男性ホルモンレベル、などによって「専門家委員会」に諮問する、となっていて、要するにアスリートの状況に応じた個別審査となるようである。したがってFTMであっても場合によると(男性ホルモンレベルを低く抑えてあれば)競技参加が可能となる可能性はある。
こういう話はもちろんオリンピックなどのレベルのアスリートの話である、実際に例えば日本の学校教育の中ではGID当事者のスポーツはどう扱われているか。教育現場では徐々に「希望する性」での受け入れが進んでいるとはいっても、まだまだごく一部。特に体育の領域は保守的であって、なかなか「希望する性」での競技が受け入れられているとは言い難い。MTFが中学校で柔道でなくダンスを選択する、というのはなかなか難しいようだ。
MTFの中にはもちろん競技スポーツで頑張りたい人もいるわけで、そうした人たちが思春期に簡単に女子競技で活躍してしまうことにはもちろん問題がある。国体には出ていいのか、日本選手権には出ていいのか、と問題は発展する可能性がある。
一部の先進的な欧州諸国では、性別適合手術の有無にかかわりなく、希望する性別での社会的生活を認めているようだが、そうなるとフェアな女子競技が維持できるか難しいだろう。学校スポーツがそのまま競技スポーツに継続していくことが多い日本では、そのあたり保守的なことがかえってスポーツにおけるジェンダー問題が複雑化する「歯止め」になっているのが現実のようだ。

2011年6月4日土曜日

久しぶりのトラック練習で失神寸前

埼玉医大陸上部の毎週土曜日の練習は、東洋大学や川越まで出かけていってのトラック練習。今日は久しぶりに外勤明けで東洋大学練に参加。
1年生が1km3分30秒のペースで10000mペース走を行うというので、4年生と交替で1000mずつ引っ張ることにした。すなわち1000m×5(3'30"休)のインターバル。これが案外きつくて、徐々に腹筋に力が入らなくなる。肝心の5本目はずるずると脱落。情けない。1年生は余裕で10000mをこなしていた。強い。
その後、300mを48秒で2本。これで脚はピクピク、頭ガンガン、座り込んで起き上がれない状態に。サングラスで頭を締め付けられるのが痛いと感じるくらい。さらに吐き気まで襲ってきた。
昔はよくもこんな練習をやっていたな、と自分に感心。やはり中距離練習は体に悪い。急にやるのが悪いのだな。

2011年6月3日金曜日

ヤーズの血栓症リスクに注意〜アスリートへの処方をどうするか

昨年11月に発売されたヤーズ®の利点に着目して、特に女性アスリートへの処方を推進しようとしていた自分にとっては、その副作用について衝撃的なニュースが入った。
ヤーズはドロスピレノンという黄体ホルモンを含有している。このドロスピレノンはむくみにくい、体重増加がおこりにくい、というメリットがあるとされている。
しかし、今回BMJという英国の医学雑誌に発表された2つの論文によると、ドロスピレノン含有経口避妊薬(OC)の血栓症リスクが従来型のOCの2〜3倍高いというのだ。

1つめの研究は、英国の一般開業医の診療データベースから、VTEの危険因子を持たない15~44歳の女性で、エストロゲン30μg+ドロスピレノンまたはエストロゲン30μg+レボノルゲストレルを含む経口避妊薬を使用した人々を選出して行われた。
特発性VTEと診断された17人(28%)とコントロールの26人(12%)がドロスピレノンを含む経口避妊薬の現在の使用者で、特発性VTEと診断された44人(72%)とコントロール(88%)の189人がレボノルゲストレルの使用者だった。ケースコントロール分析では、ドロスピレノンの現在の使用はレボノルゲストレル使用に比べ特発性VTEのリスクを3.3倍にしていた。BMI、静脈瘤の既往や喫煙歴、抗うつ薬使用歴などを調整に加えてもオッズ比は3.1(1.3-7.5)とほぼ変化しなかった。リスクは年齢が低い方が大きく、35歳未満の女性のオッズ比は3.7(1.3-10.7)であった。10万人・年当たりの罹患率は、ドロスピレノン使用者が23.0(13.4-36.9)、レボノルゲストレル使用者が9.1(6.6-12.2)となった。

2つめの研究は、米国PharMetrics社のデータベースから得た情報を利用して、ほぼ同様の研デザインで行われた。
特発性VTEと診断された121人(65%)とコントロールの313人(46%)がドロスピレノンを含む避妊薬を、特発性VTEと診断された65人(35%)とコントロールの368人(54%)がレボノルゲストレルを含む製品を使用していた。ドロスピレノン使用群のVTE罹患のオッズ比は2.8(2.1-3.8)になった。やはりリスクは年齢が低い方が大きく、30歳未満では3.7(2.0-6.9)、30~39歳では1.9(1.1-3.3)、40~44歳は1.4(0.65-3.0)となった。10万人・年当たりの罹患率はドロスピレノン使用者が30.8(25.6-36.8)、レボノルゲストレル使用者は12.5(9.61-15.9)であった。

以上、日経メディカルオンライン・海外論文ピックアップ「ドロスピレノン含有経口避妊薬の静脈血栓塞栓症リスクは高い レボノルゲストレルを含む製品の2~3倍」(大西 淳子)から抜粋して紹介した。

全く別の集団を対象とする、ほぼ同じデザインの2つの研究で、同じレベルのリスク上昇が見られたことから、ドロスピレノンを含む経口避妊薬のVTEリスクはレボノルゲストレルを含む製品よりも高いことが明らかになったといえよう。
これを受けてFDA(アメリカ食品医薬品局 Food and Drug Administration)も5月31日に安全性に関する情報を出して、警告を発するに至っている。

研究に用いられたOCに含まれるエチニルエストラジオールは 30μgよりも少量の20μgである点や、若年・非肥満・非喫煙の女性アスリートはもともと血栓症リスクが低い点などから、女性アスリートに対するヤーズの処方をただちに中止する必要はないと思われる。ただし若年者ほどオッズ比が高いという理由が不明であるが、気になるところ。今後の処方をより慎重にしていく必要はあるだろう。