GIDというのは「性同一性障害」のこと。埼玉医大は日本で最初に性別適合手術を手がけたことで有名だが、主導した形成外科の教授の退任に伴ってすっかりGID診療は下火になってしまっている。もっとも埼玉医大かわごえクリニックでGIDの専門外来は現在も続いているから完全に手をひいたわけではない。当初からうちの産婦人科の主任教授が関与している縁で、今回、年に一度の研究会に参加してきた。
場所は大崎ゲートシティという大崎駅からつながった新しいビルで交通至便。患者(この学会特有の言い方で「当事者」という)がこれだけたくさん(参加者の半分近く)参加する学会というのも珍しいだろう。
そもそもGIDは病気なのか、病気だとすれば精神疾患なのか身体疾患なのかというテーマが議論の端々に登場する。
たとえば「ダウン症は病気ではない。個性の一部だ」とおっしゃる小児科医もいて、言いたいことはもちろんわかるが、やはり無理がある。ダウン症は染色体異常である、という理解をしたうえで、その患者への対応を議論すればいいのである。
GIDという「病態」が脳の特性に由来することは自明だから、あえて分類するなら身体疾患ではなく精神疾患の方だろう。当事者の中には「私は頭がおかしいわけではない。私からすれば身体の方が間違っているのだから、これは身体疾患だ」とおっしゃる方もいるようだが、「精神疾患」と対して偏見を持っているといわざるを得ない。被差別者が異なる差別・偏見を有していると批判されてしまう。そもそも精神疾患か身体疾患かの分類にさほどの意味があるとは思われない。精神医学的アプローチが問題解決により有効であるものを精神疾患としておけばいいのであり、その境界はときにファジーである。GIDについては、DSD(性分化異常症)の一形態とするのが妥当か。
ただ、GIDをとりあげたドラマなどの影響もあってか、一般の人の間にも「GIDは病気ではない。個性の一部だ」という「脱病理化言説」が広まっているという。この学会でも一方では性別適合手術やホルモン療法に対する保険適応の導入が真剣に議論されているのだが、病気でないのなら健康保険の適応など不要だと片づけられてしまう恐れがあるわけだ。もちろん極端に偏ることなく、GIDの当事者が適切な医療サポートを受けられるのが一番いいわけだが、健康保険の適応かとなると、医療費総体とのバランスも考慮せねばならず、難しい面も多い。
私がもっとも関心があるのは、スポーツにおけるジェンダーとGIDの問題である。たとえばIAAF(世界陸連)やIOC(国際オリンピック委員会)の考え方では、MTF(もともと身体的男性)は、性別適合手術が済んで所定の年月(2年が一般的か)が経過して当該国の法律でも性別変更が認められていれば、女性として競技参加可能となる。一方、FTM(もともと身体的女性)の場合は話が難しい。同様の条件を課しても、「男性性」を維持するために男性ホルモンの注射投与を連日のように行っている場合が多いので、ドーピング違反に問われてしまい、男性として(もちろん女子としても)競技参加することはできなくなってしまう。
今年4月にIAAFの医事委員会で討議された内容を見ると、GIDの競技参加について新たに詳細な規定は定められていない。 当事者の年齢、性別適合手術後か、性腺が摘除されているか、思春期発来後か、手術から何年経過したか、現在の男性ホルモンレベル、などによって「専門家委員会」に諮問する、となっていて、要するにアスリートの状況に応じた個別審査となるようである。したがってFTMであっても場合によると(男性ホルモンレベルを低く抑えてあれば)競技参加が可能となる可能性はある。
こういう話はもちろんオリンピックなどのレベルのアスリートの話である、実際に例えば日本の学校教育の中ではGID当事者のスポーツはどう扱われているか。教育現場では徐々に「希望する性」での受け入れが進んでいるとはいっても、まだまだごく一部。特に体育の領域は保守的であって、なかなか「希望する性」での競技が受け入れられているとは言い難い。MTFが中学校で柔道でなくダンスを選択する、というのはなかなか難しいようだ。
MTFの中にはもちろん競技スポーツで頑張りたい人もいるわけで、そうした人たちが思春期に簡単に女子競技で活躍してしまうことにはもちろん問題がある。国体には出ていいのか、日本選手権には出ていいのか、と問題は発展する可能性がある。
一部の先進的な欧州諸国では、性別適合手術の有無にかかわりなく、希望する性別での社会的生活を認めているようだが、そうなるとフェアな女子競技が維持できるか難しいだろう。学校スポーツがそのまま競技スポーツに継続していくことが多い日本では、そのあたり保守的なことがかえってスポーツにおけるジェンダー問題が複雑化する「歯止め」になっているのが現実のようだ。
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