2011年2月7日月曜日

大分から帰京

せっかく温泉地・別府にわざわざ行くのだから、レース当日に帰るのはもったいない。貴重な「冬休みの権利」を今日のために使った。
昨晩はゆっくり北浜のホテルの温泉につかり、頑張ってくれた脚をなでさすり、痛みを感じていた左アキレス腱上端付着部位あたりにピップエレキバンを貼り、今朝ももう一度温泉。湯につかりながらこれが別大の醍醐味だなあとしみじみ。一夜明けて幸い特別に痛いところもないし(明日出てくるのか?)、階段を降りるときにカニ歩きを要することもない。胃がやや疲れているが、食べ始めてみると実際にはモリモリ食べられる。レース前夜の食事や当日の「詰め込み」に少々反省点があって胃腸に負担をかけてしまったので、反省材料としなくては。
今日の午前中はマラソン応援のために福岡から出かけてくれた親戚のおばさんたちと食事。40km地点でちゃんと僕を見つけてくれて大声で応援してくれた。ちゃんと写真もとってくれている。ありがたい。

さて今回の別大は60回記念大会ということで出場資格が3時間半まで緩和された。来年以降の出場資格はどうなるだろうか?
過去、私が走った「記念大会」モノは、東京国際女子マラソンが男子にも門戸を開いたときと福岡国際マラソンが2時間50分で出られたときの2回ある。いずれも厳しい気象条件となり、女子マラソンの場合は、給水が足りないなどの問題もあってほとんどのランナーが散々な出来だった。途中収容者も多かった。福岡国際のときも厳しい関門制限も相まってやはり収容車が不足するほどの事態となり、ギリギリのタイムで出場した選手の多くが完走できなかった。
いずれの場合も(たまたま主催は朝日新聞だが)、この出場枠拡大を失敗と見たか、一回きりの企画に終わり、翌年以降はほぼ元の形態に戻っている。特に福岡については、その後私にチャンスは訪れていないわけで、残念に思う。
で、今回の別大だが、出場枠拡大のおかげで別府の旅館は大賑わいだったし、夜の北浜の町を歩いている「打ち上げ」中のランナーも例年の比ではなかった。家族連れや応援者も目立った。例年出場が600人程度だったのがいきなり3倍になったのだから、当然だろう。ただし宿泊者を収容しきれなかった話も聞こえてこないし、飛行機がとれなかったという話もない。これくらいの来訪者の収容能力は別府と大分にはあるということだろう。それならば地元は相当潤ってよかったのではないか。
関門を緩くしたせいで当然交通規制時間も伸びるわけだが、東京や福岡のど真ん中ならいざ知らず、大分の警察もタクシーの運転手もカリカリしている様子はないように見えた。そのあたりおおらかな土地柄なのではないか。
またコンディションがさほどきつくなかったおかげで完走率も高い。
というわけで来年も3時間半とはいわないが、従来の2時間50分から今回のカテゴリー2に相当する3時間までは出場資格を繰り下げてもらいたい。今後地元の旅館業界などから声が上がってくるだろうが、地域振興の意味でプラスが多かったと判断されれば今回の出場資格が当分続くことだってありうる。
毎日新聞の英断を期待したいところ。まあ自分が2時間50分をきって余裕がでたからこその発言ではあるが・・・。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

お疲れ様でした。
長野の市民ランナーです。
別大の醍醐味はアフターランかもしれないですね。
先生が仰るように、3時間。
やはり別大なら2時間50分。
いやいや、45分。
まだまだ40分。
などいろんな意見があると思います。
今回のように女性の参加があり。
いいと思います。
来年の参加資格楽しみですね。

難波 聡 さんのコメント...

やはり個人的には、同級生のO君が今回2時間59分50秒台とギリギリ頑張ったのに意味をもたせるために「3時間」にしてほしいところです。以前の防府マラソンや豊橋中日マラソンのように、3時間制限の大会が一つはあっていい。ついでに福岡が2時間50分にならないかな・・・。