2018年6月6日水曜日

性分化疾患のアスリートに対する国際陸連の新しい規定

国際陸連(IAAF)の理事会は、性分化の異常を有するアスリートの女性種目への参加資格について、この4月に新しい規定を承認した。なお、ここではとりあえず性分化「疾患」あるいは「異常」と訳したが、原文は"ATHLETES WITH DIFFERENCES OF SEX DEVELOPMENT"と「difference」の語が使われており、最近の社会・医学用語変更の流れに即して、こうしたアスリートへの最大限の配慮が感じられる。
なお、2015年のIOCの規定では、"HYPERANDROGEN"(アンドロゲン過剰)という語が使用されていた。高アンドロゲン選手の女子種目への参加を規制しようという内容自体に大きな変化はない。

今回の新規定での最大の変更点は、制限対象となる競技が400mから1マイルまでのトラック種目に限定されたことである(当該距離のリレー、障害、混成競技を含む)。これは、高アンドロゲンの優位性が科学的に証明できたのが、それらの種目のみであったからとうことになっている*。
また、新規定が適用されるのは「国際競技会」と「世界記録申請時」に限られ、以前のように国内競技会を含む全ての競技会において「基準を満たさない性分化異常アスリート」が閉め出されるわけではない。
「高アンドロゲン」の基準値としては、2015年には「10nmol/L」であったものが、新規定では「5nmol/L」に引き下げられている。より厳しくなったともいえるが、一方、該当するアスリートがこの基準値を継続して下回らなければならない期間は「12ヶ月」から「6ヶ月」に短縮されている。

400mから1マイルが対象となったことから、ちょうどこれらの距離を専門種目とするキャスター・セメンヤ選手(南アフリカ)を狙い撃ちにした規定、との批判が出ている。セメンヤ選手が2009年のベルリン世界陸上後に約1年間を経て2010年に競技会復帰がIAAFによって認められた際に、一定の血中アンドロゲン(テストステロン)レベルを下回ったと推測されるが、基準値が引き下げられた新規定においてセメンヤ選手が「排除される」ことになるかどうかは、まだわからない。
もっともピルなどのホルモン療法によって今後、テストステロンレベルを下げることは可能である。
一方、旧規定に抵触したとして2014年英連邦大会への出場が差し止められたものの、その後のスポーツ仲裁裁判所(CAS)に訴えてリオ五輪とロンドン世界陸上への出場を勝ち取ったチャンド選手(インド)の専門種目は100m、200mである。IAAF側は上手に再係争を避けたとの見方もできる。

新規定は、2018年11月1日に発効するとされているが、すでに南アフリカの与党アフリカ民族会議(ANC)が、新規定は不公平で人種差別的であると批判し、CASに提訴するよう政府に要求しているという。ただし新規定とその根拠を読む限り、特定の選手や人種を対象とはしているわけではなく、その批判は当たらないであろう。南アフリカ陸連はこの動きに乗らないのではないか。
発効まで、今後の動向を注視したい。

*ただし規定に添付された論文を眺める限りでは、過去の世界選手権結果と血液サンプルの分析により、400m, 400mH, 800m, ハンマー投, 棒高跳で、高アンドロゲンの優位性が有意差をもって示されたことになっており、新規定での種目と相違がある。

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