昨日の夕方6時過ぎ、ランナーズから電話取材があった。医局にかかってきた電話をたまたま通りかかった僕がとったのだが、「株式会社ランナーズと申しまして・・・」と相手が言った時点で、当然僕宛の電話だとわかった。他にこんな雑誌と関連のあるドクターはいるわけないですからね。
で、趣旨は2月号に妊娠・出産とランニングという特集記事を組む予定で、コメントをほしいとのこと。
ちょうど去年の今頃だろうか、柔道の谷亮子選手が出産後1年ちょっとで復帰するというときに、テレビ局やスポーツ新聞からコメントを求められ(これはJISS経由で紹介されたためだが)、このテーマにはちょっと慣れている。
今回もそうだったが、まず記者が聞きたがるのは、最近出産後に活躍する女子選手が増えてきたけれども妊娠出産は競技に対してプラス面があるのかどうか、ということ。
僕の答えは、「医学的には特にないでしょう」。もちろん妊娠中は循環血漿量が増えるから循環系の「トレーニング」になる可能性はあるし、体重も増えるから骨に対する重力加重が増えるのでこれも「ウエイトトレーニング」になるとも言えるけれども、そんな変化は出産後あっという間に失われてしまうし、効果も長続きはしないはず。
以前、共産圏の国で女子選手に計画的に妊娠させ、しかも中絶させることで競技力向上を図ったという伝説があるが、これは胎盤から分泌されるステロイドホルモンによる蛋白同化作用を狙ったものかと予想される。だから妊娠中も激しいトレーニングを続けたに違いない。もちろん今回の特集の趣旨とは全く相容れないものであろう。
次に、妊娠中にはどのようなトレーニングが適当か、という質問が来る。おそらく多くの産科医が思っている以上に、ランニングは行ってもかまわないはずだと思う。もちろん切迫早産や妊娠高血圧症などの産科リスクがない場合に限ってのことだが。ただし妊娠中にレースに出て好成績を上げようというのではなく出産後になるべくスムーズに競技に復帰する、というのがトレーニングの目的のはずだから、それならば自ずとせいぜい柔らかくて平坦な路面でのジョギング程度ということになるだろう。
妊娠中にもランニングを続けていたという記録は、たとえば松田千枝さんの著書や赤羽選手のブログにも記載はあるが、競技ランナーが計画的に妊娠中にトレーニングを行って、かつそれを公開している例は知らない。ラドクリフ選手やリディア・シモン選手、ヌデレバ選手がどのようにトレーニングを行っていたか、気になるところである。
長距離走ではないが、ハンマー投げの大橋千里選手が妊娠中のトレーニング内容や筋力測定結果をかなり細かく陸上競技マガジンに公開したことがあり、僕もコメントをつけさせていただいたが、やはり妊娠週数の深まりとともに筋力は落ちてきている。もちろん思い切った筋力発揮ができなくなっていくことが要因であろうから、無理は禁物だと思う。
蛇足ながら、出産後に活躍している選手が増えてきているのは、元々それなりに競技力のある選手こそが出産後も競技を続けようというモチベーションを維持しやすいわけで、元々強いから当然復帰後も目立つ、というバイアスを忘れてはいけない。決して出産したから強くなったわけではない、ということがいいたい。
それから、彼女たちは家族のサポートに恵まれている。夫がコーチであることも多い。ベビーシッターや実家の両親の協力を仰いでいる場合も多いだろう。この要因がひょっとすると一番重要かもしれない。
最後に出産後、ランニングに不利なことがあるかどうか。まず帝王切開になった場合などは、当然創部や腹直筋が回復するまでに半年はかかるだろう。また経膣分娩後に恥骨離開や恥骨痛を訴える褥婦もいるから、こうなったらしばらくは走るどころではないはずだ。それから授乳。谷亮子選手は復帰時点ではまだ授乳をしていて、となると当然乳房も張って重いだろうし、時間が経過すれば搾乳せざるをえないだろうし、スポーツには不利と思われる。精神的な面も無視できなくて、乳房が張ってくると赤ちゃんが恋しくなって練習に集中できなくなるようだ。ラドクリフ選手が授乳をどうしたかは知らないが、最初の2-3ヶ月で母乳育児を打ち切ってさっさとトレーニングに集中するという作戦も当然ありうる。
以上のような話を電話でした。さてどのような記事になるか。
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