2008年11月13日木曜日

「医者のモラルの問題」二階大臣の問題発言

二階俊博経済産業大臣の発言を映像でも見られるようになったので紹介しよう。
文字にするとこんな感じ。
<病院同士の主張が食い違う今回の問題。舛添大臣はコミュニケーションがうまくいかない現状を、IT技術を駆使して解決できないかと、二階経済産業大臣と急遽、会談しました>。
緊急搬送システムの構築など、別にIT技術など新開発しなくても既存の技術でどうにでもなると思うのだが。経済産業省に協力を求めるというのも大げさで、厚労省だけで頑張れば十分な話である。
どこのNICUが空いていて、どこの産科病棟が満床であるかをリアルタイムで標示するだけならば、その作業に関わる人的要員を確保するだけで可能である。東京都の問題は、このシステムがインターネットシステムとは別のシステムになっているところであって、この目的にしか使えない専用のコンピュータなど、ついいじらなくなるし日陰者の場所に追いやられる。
それよりも「現在当直医は手術中で手が離せない」とか「明朝品胎(三つ子)の分娩を控え、NICUは空床を確保しておかなければいけない」などの各病院の事情まではシステムではわからないわけであり、結局は電話のやりとりが必要になってしまう。
さて問題なのは終盤の二階俊博経産相談のこのセリフだ。
<「政治の立場で申し上げるなら、何よりも医者のモラルの問題だと思いますよ。忙しいだの、人が足りないだのというのは言い訳にすぎない」>
「たらいまわし」だの「8病院が拒否」などというマスコミの言葉遣いからして、このような搬送先確保困難問題を「医者のモラルの問題」と思わされている一般の人が多いのではないかと危惧していたが、国務大臣までがこんなことを言うとは。
実際に発言している映像を見ると、傲慢な態度に強く嫌悪感を感じる。
「忙しく、人が足りない」現状をカバーしようと限界ぎりぎりまで現場で奮闘する医師の努力を無視する発言であるのは間違いないが、「医師を愚弄している」というよりもこの人は単に実情を知らないだけではないかと思う。要するに新聞と週刊誌程度しか見ていない、勉強不足。それはそれで国務大臣としての資格を疑う。
もっといただけないのはこの発言をなにも問題視していないマスコミと野党。産科医の団体は二階大臣に抗議文を出すなどの動きを見せているが、今のところそれだけ。

ただし、産科医に「モラルの問題」と突きつけられると、考えるところは多少ある。すなわち我々産科医自身も現在の母体搬送システムが「使えない」、「救急事態には役に立たない」とわかっていたにも関わらず、手を拱いてシステム構築をすすめていこうとする努力を怠っていたことだ。私のいる埼玉県ではこのシステムの必要性は叫ばれていながら、全く存在していない。東京よりもっとひどいわけである。そのための予算もついていながら、システム構築に向けて動き出したという話はついぞ聞かない。これを不作為のモラルの問題と言われればそうかもしれない。
もう一つ。「産科満床」「当直医分娩介助中」などであっても、本当の母子の生命に関わる緊急事態であれば、院内の他科のベッドを一時的に借りるとか、自宅オンコール(待機中)の医師を呼び出すなどの「無理をすれば」なんとか当該の重大救急患者だけは受け入れて対応できないことはない、というのが事実であることだ。
だからこそ「脳出血と言った」「言わない」とか「切迫した事態と伝えた」「伝わらなかった」というのが問題となるわけで、あれは切迫度が伝わっていれば、人員的な無理をしてでも受け入れ可能だったということなのである。
だから医師同士の情報伝達が的確であって、受け入れ側が、一時的にはキツイがウチがなんとかしなければ死んでしまうかも、という危機感を共有できれば、結果は違ったのかもしれない。
これを「切迫早産の母体搬送」とか「子宮内胎児発育遅延の母体搬送」などの切迫度のやや落ちる事態と一緒に論じてしまってはややこしくなる。
ただし、「一時的な無理」は時々だから可能なわけであって、慢性的に「無理」をしているところにさらにゴムを引き伸ばせば、ゴムは切れてしまう。そうしないために現在、産科医側も厚生労働省も一緒になって議論をしているところであるのだから、その実情を全く無視した今回の二階発言を擁護することは全くできないのである。

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